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刑事柳田、もう我慢できません! 第三話 覆面智@神保町

「くそ、誰が垂れ込みやがったのか!」
柳田は中国のスパイ容疑のかかる男の張り込みを行っていた。しかし、どこでバレたのか、ふらりとコンビニにでも行く姿でマンションから出て行ったターゲットの男は、そのまま駅に入っていった。
途中で気づくべきだったが後の祭り。
駅の改札を入るところで違和感に気づき、走って追いかけたのだが、柳田がホームに着くときにはターゲットの乗った電車は走り出していた。

柳田は携帯を取り出した。
「はい」
「俺だ」
「はい」
「ふらりと家を出る格好で神田駅から中央線に乗った。新宿方面だ。先頭から4両目」
「了解。確認しました。引き継ぎます」
「頼む」
柳田は電話を切った。予めこうなることも予想はしていた。奴は百戦錬磨。後輩の来栖は中央線で待機していた。あとは奴に任せよう。
手慣れた逃走経路から奴がスパイなのは間違いないだろう。

柳田は、来た道を引き返した。
神田駅から靖国通りを歩いて神保町へ向かう。

同僚の2年後輩の来栖は、上からの評価も高い。奴に任せておけば間違いない。

神保町…か。時刻は朝8時59分。これは僥倖だな。

***

「いらっしゃい。今日は早いね」
「ご無沙汰してます」
「柳田は食券を渡す」
「塩か醤油は?」
「醤油で」
「トッピングは?」
「青唐辛子、ネック、味玉」
「あいよ」

***

「兄ちゃん、うちはラーメン出したらすぐ食べてもらうことになってるから」
「え?」
携帯を見ていた柳田は、自分のことを言われていることに気づかなかった。
見上げるとギロリとにらむ店主。ようやく理解して携帯をしまった。

げ、怖。なんだこのオヤジ。これでうまくなかったらことだぞ。

しかし、予想に反してこの醤油の濃い、出汁感の強いラーメンは病みつきになるようにうまかった。
「うまいっす!」
「ありがとね」
しかし、事件を知らせる携帯が鳴り、一旦店を出る柳田。
「すいません、緊急の呼び出しで、ラーメン残して行かなくてはならなくなりました、すいません!」
「仕方ないよ。若いうちはしっかり仕事しなきゃね、またおいで」
「すいません!」
「いってらっしゃい」
柳田は頭を下げ、泣く泣く途中で店を出た。
オヤジは最初の印象からは予想外に優しく笑ってくれた。
それから柳田はここに通うようになった。

***
まだ刑事として駆け出しの頃だった。
そんなことを思い出した。

チャッ、チャッ、チャッ♪

チャッ、チャッ、チャッ♬

「おまちど」

金目鯛出汁醤油ラーメン

ぐおお、やはりうまそうだ。もうかれこれ10年は通っている神保町の名店覆面智。柳田はこの醤油ラーメンのスープが身体の全てに染みわたるところを想像し、涎を垂らした。

まずはスープから。

透明だが阿波尾鶏と金目鯛の出汁が効いたスッキリとしたスープ。醤油味はキリッと濃いにもかかわらず、金目鯛の優しい旨味と阿波尾鶏のまろやかな味が口の中に響き渡る。なんというハーモニー。贅沢を極めたとはこの味を言うんだぜ。

ズルズルッ、ズルズルッ♬
柳田は勢いよく麺を啜る。

ふほ!この細麺のもちもち感、この腰、たまらんな。そして、トッピングの青唐辛子がさらにスープにキレを増し、ネックがスープに絶妙な脂っこさをプラスするこの贅沢。贅沢と言えばこのチャーシューだ。この柔らかさと塩味とバランスの良さはラーメンチャーシュー界広しと言えど、ここが一番だ。これら全てがこのスープと一緒に口の中で溶け合う、まるで旨さの宇宙総合大学。まさにユニバーシティだ。

ズルズルッ、ズルズルッ
ズルズルッ、ズルズルッ、
ズズズズー。
ぷほー!死ぬなこの旨さは。朝イチに来た甲斐があるぜ。

携帯が鳴る。
来栖か。まさか緊急かもしれん。しかし、ここでは出れねぇ。
柳田は一瞬考えた。が、まずは啜り切ることに決めた。すまん、来栖。

ズルズルッ、ズルズルッ、ズズズズー!
ズルズルッ、ズルズルッ、ズズズズー!
ズルズルッ、ズルズルッ、ズズズズー!
ぐお、この勢いで食べ切るのは、かなりきつい。がうまい。男は辛いぜ。
ズズズズー!
ふぅ。

「うまかったっす!また来ます!」
「あいよー、いってらっしゃーい♪」
オヤジも仕事だとわかってくれたようだ。さすがだぜ。

柳田は店を出て、来栖にかけ直す。
「はい」
「まずいですね、奴は仲間と落ち合いました」 「どこだ」
「四ツ谷です」
「わかった、すぐ行く」
「はい」
「一人では行くなよ」
「はい」
柳田は電話を切ると、駆け出した。

ゲフっ。
食べたばかりのラーメンが逆流する。
走りながら押し戻すのには骨が折れる。

懐かしいな、この感じ。
柳田はニヤリと笑った。

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覆麺 智 東京都千代田区神田神保町2-2-12
https://tabelog.com/tokyo/A1310/A131003/13054078/



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