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雨と宝石の魔法使い 第十二話 傘(ピエール・オーギュスト・ルノワール) 前編

雨が降り続いている。
ピエールはパリの裏通りを歩いていた。今日は久しぶりに昼間にルルーシュという名の女性と会うことになっていた。


モンマルトルにある待ち合わせのカフェに入ると、雨の当たらない席に案内された。
「ムッシュ?」
「エスプレッソを」
ピエールはエスプレッソを注文する。
朝から柔らかな雨が降り続いている。あの女と会う時はいつも雨だな。しかし、悪くない。雨も絵になるだろう。ピエールはそんなことを考えた。

「待たせたか?」
「いや今きたところだ」
ピエールの前に、年齢はまだ20歳そこそこだろうという美少女が現れた。

「ピエール、今日はいい雨だな」
「ああ、柔らかい線で描けると良さそうだ」
「画家らしい事を言うな」
「画家だからな」
「違いない」
美少女に似つかわしくないふてぶてしい話し方。しかし、それがまたギャップを生んで魅力的に映る。何よりこの美貌。街の誰もが振り返る。男は一緒にいるだけでそのプライドを満たされる。

ピエールはギャルソンを呼ぶ。
「ギャルソン!」
「ウィ」
「アプサンを」
美少女はパリで流行っている強い酒を頼む。ピエールの前にエスプレッソが置かれる。

「昼間からアプサンとは、さすがだな」
「柔らかい雨にはアプサンだろ?」
「お前の場合、いつもだがな」
「そうだったか?」
美少女はニヤリと笑う。

「どうだアルフレッドは?」
ピエールは画家で友人のアルフレッド・シスレーのことを尋ねる。

この美少女は、数年前モンマルトルにあるバーで出会った。その後そのバーで友人のアルフレッドも彼女と出会ったようだ。

ピエールとアルフレッドは同じ画塾で出会った売れない画家同士であったが、彼女は二人の絵が好きだと言った。その後もそのバーでちょくちょく会うようになり、いつの間にか友人となった。二人ともこの美少女にゾッコンだった。特にピエールは彼女をモデルに絵を描きたかった。

「この前やつは何も食わず死にそうだったぞ。売れないのは辛いな。だから林檎を差し入れしてやった」

彼女は売れないピエールとアルフレッドにいつも林檎を持ってきてくれるのだった。

そんな優しい一面を持つ彼女だが、普仏戦争のときはフランス政府から請われ、政府のために暗躍していたという。

果たしてどんな任務を依頼されたのか?

バーの常連の噂では、ビスマルクの名代と言われる炎をまとう謎の男、いや怪物と呼ぶべきか?を氷の刃で倒し、プロイセンの侵攻を止めたと言われている。

この華奢な身体でそんなことがあり得るか?いや…。

しかし、出会った時も、二人のチンピラをアプサンが入っていたグラスの氷で倒した。

異能を持っている?考えると寒気がするが、それ以上に抗い難い魅力を持っているのもまた事実だった。

ギャルソンがアプサンをテーブルに運んで来る。
「merci」
ルルは答えると同時にグラスを口へ運ぶ。その飲み口が妖艶である。

「ルル」
「何だ」
「傘を皆んなが持った絵を描きたいのだが」
「描けば良いではないか。素敵だろう」
「モデルが必要だ」
「わしはやらんぞ」
「断るのが早い」
「ふん、何度言われてもやらんぞ」

また断られてしまった。断られれば断られるほど描きたくなるものだ。ピエールはルルの顔を盗み見た。何度見ても見惚れる造形美だ。まるでギリシャ彫刻だ。

確か…ルルはルルーシュ・リンデリウム・ペロポネソスと言ったか、ペロポネソスと言えばギリシャの半島名ではないか。

「ルル」
「なんだ?」
「君の名のペロポネソスというのはギリシャに関係があるのか?」
ルルはピエールに向き直る。
「なぜだ?」
「君の顔がギリシャ彫刻のように美しいからだ」
「サラリと言うではないかこの色男。金も無いくせに」
「金が無いは余計だ」
「ふん。まぁ昔な」
やはりそうか、通りで美しいわけだ。

「アプサンを飲んだらちょっと散歩しないか?」
「雨なのにか?」
「ああ、雨だからだ」
ルルは試すようにピエールを覗き込む。ピエールはドギマギする。

「いいだろう」
そう言うとテーブルの上のアプサンをルルは飲み干した。

ピエールは支払いを済ませ、二人は柔らかな雨の降る街へ踊り出た。






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