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【特別公開】一人暮らしの歳時記 2月

【注意】この記事は、自由炊事党機関誌「自炊のひろば」第3号に掲載されるはずだった(が諸々間に合わなくて発行中止になってしまった)記事を、特別に公開するものです。都合により予告なく公開範囲を変更しまたは公開を取りやめる場合がありますので、ご了承ください。

2月

ふきのとう

 昔北海道に3年だけ住んでいて、早春のドライブはふきのとう採りとセットだった。道路脇に車を停めてすぐのところにふきのとうが生えているのだから、ふだん山菜採りなんてしない母も喜んで採るのだ。
 持ち帰ったふきのとうはさっと湯がき、刻んでふき味噌にする。両親は美味しそうに食べていたが、当時の僕は舌がお子ちゃまだったから、あんな苦いものを喜んで食べる母の気持ちが全くわからなかった。一度、えぐみが残らない方法を母がネットで調べて試してくれたことがあったが、それでも当時の僕にはダメだった。
 しかし大学に入って旅行するようになり、直売所にふきのとうが並んでいるのを見て、急にふき味噌を作りたくなった。それ以来、毎年ふきのとうが出ると直売所で買い込み、ふき味噌を作っている。
 ふきのとうは端を落としてさっと湯通ししてから刻む。湯通しは、ザルに並べてケトルの熱湯をかけるくらいで良い。湯通しした直後は、若草色を帯びたいかにも春らしい鮮やかさだが、刻んでいるとすぐにアクが出て黒ずんでしまう。なるべく早く火を通してしまいたいから、ごま油を熱しておいてすぐにフライパンに放り込む。全体的に火が通ってきたら、砂糖・味噌・みりんを混ぜてサッと炒める。
 これでふき味噌はでき上がり。東京のスーパーでは信じられない値段で売られているふきのとうも、田舎の直売所では逆に信じられない安値で売られているから、ついつい作りすぎてしまう。
 余ったふき味噌は、クリームチーズとともにクラッカーに載せてカナッペにすると、なかなかオツなツマミになる。

ふき味噌

バレンタインデー

 バレンタインデーにチョコレートを贈るのは日本だけだそうだが、チョコレートは美味しいし、もらって嬉しいから毎年乗っかることにしている。
 モテない男に残された戦略は、先手を打つことだ。与えよ、さらば与えられん。チョコをもらった数を競うのではなく、チョコを自分から贈る逆張り戦略によって他の男と一線を画すのである。
 とはいえ、僕の趣味は料理であってお菓子作りではない。凝ったものはつくれないから、いつも適当。チョコレートの湯煎も、ベーキングパウダーによってふくらませる焼き菓子も、なるべくやりたくない。それでも多くの人は、チョコをもらって悪い気がしないものだから、毎回助かっている。
 めんどくさがりでも簡単に作れてそれっぽい仕上がりになるのはチョコレートブラウニーだと思う。調子に乗って何度も作るうちに大体のレシピを覚えてしまった。お菓子作りの最大の鬼門は正確な計量だが、レシピサイトを検索すると砂糖の量も薄力粉の量も、驚くほどバラバラである。
 失敗すると取り返しがつかないベーキングパウダーやゼラチン、ドライイーストなどは使わないから、あとは適当なのだ。
 卵2個を割りほぐし、砂糖60gをよく混ぜ込む。バター60gと板チョコ2枚を湯煎して溶かし、卵液を混ぜる。湯煎といっても溶ければなんでも良いから、ケトルで沸かした熱湯を大きなボウルに入れて、小さなボウルを重ねたところにバターと適当に割った板チョコを入れたら、お湯が冷める前に溶けてくれる。電子レンジを使っても良いのだが、脂分と電子レンジの相性が悪いから、溶けムラが出たり爆発したりと意外とめんどくさいのでおすすめできない。あまり溶かしバターが熱いと卵が固まってしまうから、湯煎中は保温しなくて良い。
 卵・砂糖・バター・チョコレートが混ざったボウルに、薄力粉70gをふるって入れる。本当はやりたくない工程だが、ふるわずに薄力粉を入れてしまうと取り返しのつかないダマになってしまう。急須についている茶こしいっぱいに薄力粉を入れて、無心でボウルの上で振り続ける。サラサラとした白い層にうっすら筋が入る。新雪が積もった地面のようだ、と思う。ときどきスパチュラで底から切るように混ぜる。
 書き忘れたが、最初から最後まで、混ぜるのにはスパチュラ一本しか使わない。洗い物を増やさないためだ(ヘラについた生地を指ですくって食べるのはお菓子作りの特権だから、洗い物が苦にならなければわざと色んな道具を使うのも良いかもしれない)。
 薄力粉70gは、だいたい茶こし2杯分。ここまで終えたらオーブンを180℃に予熱する。早すぎると光熱費を損した気分になるが、全部準備ができてからオーブンを動かすと待ち時間がつらい。
 生地ができたところでムラがなくなるようにしっかり混ぜる。混ぜすぎると粘り気が出てしまうから、切るように混ぜるのがポイント。最後に、くるみを手で握りつぶしながらこれでもかと入れて、ラム酒少々で香り付けをしたら、あとは焼くだけだ。くるみもラム酒もケチらずにドカドカ入れられるのは手作りならでは。これで「うん、普通の味だね」という評価を少しは改善できる(と、作った側は勝手に期待している)。
 焼き型にクッキングシートを敷いて、生地を流し込んで、10cmくらい持ち上げたらパッと落とす。空気抜きと平らにならすため、3回位トントンする。お菓子作りとアイロンがけは深夜に急にやりたくなるものだ。あまりうるさいのは近所迷惑だなぁ、と思いながら、トントンと空気を抜く。
 オーブンがピッピッピッと鳴いて、予熱完了を知らせてくれた。加熱が止まると、急に部屋が静かになる。オーブンってそんなに頑張ってくれてたんだな、と思いながら深夜の静かな時間を噛みしめる。こんな時間まで人にあげるお菓子を作ってるなんて、愛じゃないですか。

チョコレート

 あとは180℃のオーブンで35〜45分焼くだけ。焼き上がりに竹串を刺して、生地がくっつかなければOKだ。焼き型から早めに外してすのこ状の台に乗せることで底がベチャッとしないらしい。待ち時間に、ボウルやスパチュラに残った生地を指で絡め取り、なめてみる。焼く前のお菓子って、なんでこんなに美味しいんだろう。でも、深夜にお菓子作りをしていたら一刻も早く寝たくなることもある。翌朝の自分がうまくやってくれると信じて、放置して寝てしまうこともしばしば……。
 焼けて粗熱がとれたら、適当に切り分ける。百均で買ったラッピング袋にポイポイと詰め込んで、12人前くらいにはなるだろう。職場で普段お世話になっている人たちに配るにはちょうどよい量だ。
 あげる相手が多くなければ、材料をすべて半分に減らしても良いだろう。


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