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【戦後パンパン物語】バシンのとき子と初子の一生◎前編

戦後の混乱期に、男に裏切られパンパンに身を落とした2人の少女がいた。玉井とき子と中西初子。通称バシンと呼ばれた新橋で、連れ込み旅館の女将に拾われGIを手玉にとって生き抜いた彼女たちの壮絶な生涯を追う──

夜のバシンにとき子あり

「ヘーイカモン、ゲイシヤガール」
 GIの声はなんの屈託もなく暗闇のバシンのガード下にこだまする。この声に振り向いたのは玉井とき子だった。彼女は18歳。バシンをねじろにGI相手のパンパンになったのは終戦から小1年ほどたったころでまだ間がなかった。だがやや面長でロングヘアー。指には真っ赤なマニキュアをつけ、ピンクのロングスカートでよそおった姿はすっかり夜のバシンになじんでいる。
「ヘイヘーイ」
 GIはふたたび呼んだ。とき子は暗闇に目が慣れなかったのでキョロキョロしてたのだ。バシンとは、上野のノガミ、浅草のエンコ、新宿のジュクと同じくその筋の隠語で新橋を言った。
「あたしのことかい…」
 とき子は声の方向に近寄った。もちろんほかに誰もいそうにない。いきなりGIは抱きつき、早くも下半身を押し付けてきた。これだけでもうとき子は抜け目なくGIのふところ具合を計算した。GIはペイ・ディー(給与)をもらったばかり。ポケットにはたんまりドル札を押し込んでるはずだ。
「ちょっと待ってよー」
 じらしてみせるのも手の内。いかにもインテリ女性の片鱗をのぞかせている。とき子は都内の女学校を出ていた。父親は区役所勤めのサラリーマン。冬休みのアルバイトでジュクのカフェーに勤めたのが躓きのもと。常連客の新聞記者の甘言に乗せられバージンを奪われたうえはらまされ、中絶するはめに。ところが無責任男はさっさとどこぞにトンズラ。やけっぱちになったとき子はお定まりのコースに転落。バシンをねじろにGIの肉欲を満たすパンパンになっていた。
(後編に続く)

取材・文◉岡村青
イラスト◉星恵美子