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ヨーグルトのない食卓

 特に予定もなかった休日、食料品を買いだめして帰ってきた僕が冷蔵庫の奥で発見したのはヨーグルト。まず知らない人はいないだろうという大手メーカーのもので、賞味期限は三年前。


「どうしようかな……」

 考えるまでもなく、捨ててしまえばいいのだ。蓋どころかパッケージ封すら開けてないとはいえ、三年前ともなれば普通に考えて食べられるはずもない。中身は干からびているか腐っているか……はて、ヨーグルトも腐ることがあるのだろうか?発酵食品だそうだが。ヨーグルトはある種の漬物や味噌醤油などと同じ発酵食品だそうだが、発酵と腐敗に違いはあるのだろうか。

 そもそもなぜ三年も前のヨーグルトが冷蔵庫に残っているかというと、三年前に僕の生活に変化があったこと、そして僕が普段からヨーグルトを食べる習慣がないということだ。

 僕がヨーグルトを食べる習慣がないのに我が家の冷蔵庫にヨーグルトがあるというのは奇妙なことのように思えるが、もちろんそれには理由があって、我が家にはかつて、ヨーグルトを習慣的に食べる住人が住んでいたからである。俗にいう「彼女」というやつだ。

 そして、今はいない。

 彼女がいなくなったのは、よくあることだと思っていたある喧嘩が原因で、その原因はとっくに思い出せなくなっていた。おそらくそれは喧嘩そのもののきっかけに過ぎず、様々な要因が積み重なってのことだと思う。彼女にしてみれば僕に言いたいことも積み重なっていたのだろうが、もちろんこちらにもある程度の言い分はあるし、逆に彼女に言ってやりたいこともいくつかはあった。その機会が永遠に失われた今となってはどうでもいいことだが。

 その後いままで、僕が食事の一部としてヨーグルトを食べることはなかった。もしかしたら外食したときのカレーやデザートには入っていたのかもしれない。

 思い切って封を開けてみると、それほど変わった様子はない。上にたまった水分、「ホエー」というらしいが、それがまったくない。しかしなにしろ少なく見積もっても三年間は、ヨーグルトのふたを開けて中をのぞいたことがないので確信は持てない。この「ホエー」とやらにも栄養があるので、捨ててしまっては勿体ないそうだ。当時の彼女の受け売りである。しかし、今はない。今は、いない。


 においをかいでみると少し臭うが、特に腐っているとかカビているとかそういうことはなさそうだ。スプーンを持ってきて、一口食べてみた。

 三年ぶり(たぶん)のヨ-グルトは、どことなくチーズのような風味がして、ちょっとすっぱかった。



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