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24歳、彼氏にフラれた日の日記

ーー返信遅れてごめん。突然だけど、2人の関係は終わりにしよう。

視界の端で捉えた、スマホのLINE通知に目を疑った。ちょうど、上司とオンラインで話しながら、PCに映る広告費のグラフとにらめっこしていたときだった。

「え、なんか今私フラれたんですけど」
「聞こえない、なんて?」
「今私フラれました」
「ごめん、声小さくて全然聞こえない」
「だから!今彼氏から別れを告げるLINEが来ました!」
「えええ!」

住んでいるシェアハウスの共用部で作業していたため、あまり大声をあげたくなかったものの、さすがに今の音量では何人かに聞こえただろう。はい、ここにいる私は、たった今「彼氏」を失いました。

「どうしていきなり......?」
「うーん、今の俺だと、私を幸せにできる自信がないって」
「幸せにできる自信、かぁ」
「なんですかね、それ。私、彼に幸せにしてくれだなんて一度も言ってないのに」
「和田さんのメンタル的には辛くない?大丈夫?」
「大丈夫です。でもちょっとタバコ吸ってきます」


どうにか平常心を保とうとしながら、自室へと向かう。こんな状況にありながら、私は今朝から膀胱炎の症状に悩んでいた。膀胱のキャパシティが通常の百分の一程度になったような頻尿感と残尿感。セックスをするとたまに発症する。私の膀胱はまだ彼を覚えているというのに、彼からはもう縁を切られてしまったのか......。

いや、彼だって端から私の膀胱と契りを交わした覚えなんてないか、と不憫な膀胱に同情する。ベッド下の収納から小林製薬のボーコレンを発掘し、4粒をアウッと水とともに流し込んだ。

屋上に上がり扉を開けると、3月とはいえまだ肌寒い。ダウンジャケットを深く羽織りながら、加熱が完了した電子タバコをすうっと吸い込む。こういうやり場のない気持ちになった時、酒以外の逃げ道があるのは喫煙者の特権だ。逆に非喫煙者はどうしているのだろう。昼間から酒飲むわけにもいかないしなぁ、と考えを巡らせる。


なんと返信しようか。向こうに気がない以上引き留めてもしょうがないので、別れを承諾することは決めていたが、本人の口から思いを聞きたい気持ちはあった。私は頭の中でシミュレーションした。別れを承諾した上で、「よければ今夜電話でいいから話さない?」と返信するパターン。

何度か脳内でシミュレーションを走らせるも「ごめん、申し訳ないけどそれはできない」と返ってくる予感しかしない。なんだ、そんなこと言われたら余計傷つくな。そうしたらもう諦めよう。私は並行して脳内で作成していたメッセージをスマホに打ち込む。

ーーそっかぁ、、わかった!伝えにくかったよね。思ってること言ってくれてありがとう。私も支えになれなくてごめんね......。
お互い幸せになろうね!!

「お互い幸せになろうね!!」というのは本心でもあるし「うっせーお前は人を幸せにできるか心配する前に自分の幸せのこと考えろよ、私の幸せ握ってるようなおこがましい口聞くんじゃねぇ、私が幸せになれるかどうかなんて私が決めるんだよ」という意味を限界まで遠回しにして暗に込めた結果だ。


送信ボタンを押して、ふと思う。私がこうも、毎回うまく人と付き合うことができないのは、こういう考え方が原因なんだろうな、と。

人と支え合うことができないというか、何があっても自己責任だと思っているというか、どんなにがんばっても人は人の人生に本当の意味で介入することはできないしその意味で人は生涯孤独だと思っているというか、自分が一番愛せる対象は自分でそれ以上の熱量で他者と向き合うことは不可能だと思っているというか。

デッキチェアに寝そべりながら、2本目のスティックを挿入する。この電子タバコの2本連続で吸える機能を使ったのは、たぶん初めてだ。目の前の空は青く、雲がゆたゆたと呑気に流れている。また今回もだめだったなぁ。過去の恋愛を思い返しても、今回のように「お互いの気持ちが平行線のまま終わる恋愛」か、「泥沼の底に落ちるまで依存してボロボロになって終わる恋愛」のどちらかしかしたことがない。


はぁ......、この長い人生のどこかで、私が誰かとちゃんと愛し合える日は来るのだろうか。そんなことを考えながら、頭のもう半分では、これから連絡しようかと考えている男の候補を洗い出していた。男で空いた心の穴は男でしか埋められない。男には男、膀胱炎にはボーコレン。シンプルで美しい論理。

手元で2本目のスティックの終わりを告げる振動がした。振られた気持ちに整理を付けるのに必要な時間、タバコ2本分。切り替えの早い自分に惚れ惚れする気持ちもあったし、それくらいの思い入れしかなかったからフラれたんだろうな、と自分の情のなさに虚しくもなった。恋愛で泣かなくなったのはいつからだろう。

(私、ちゃんと恋愛できるのかなぁ?)

空を見上げて思い切り伸びをしたら、そんなこと知らねぇよ、と空から返ってきた気がした。私はもう知っている。自分の身に何が起こったって、世界はそんなことお構いなしで回るし、日常はまたのっぺりと続いていく。いつまでも感傷に浸っていてもしょうがない。そう思考を断ち切り、私は屋上を後にした。

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