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リスキリングは「ディストピア」であってはならない

「リスキリング」という言葉から浮かぶイメージって、「時代に取り残されたオジサンたちが、会社に言われるがまま慣れない勉強に必死に励む」という感じでしょうか。なんという不幸きわまりない世界観。ディストピア感がありますね。

ちょっと悪意を持って書いてしまいましたが、しかしながら、いま言われているリスキリングという(流行り)言葉に対しては、少なくない人が同様のイメージを持ってしまっている状況だと思います。

これはとても不幸なことですよね。本来、学びというものはもっと楽しいはずで、自主的に、前向きに、未来への大いなる希望をもって取り組むべきものだと思っています。ではいったいなぜ、日本はこんな感じになってしまったのでしょうか。


それは、組織に属している多くの人が、これまであまりにも自分で「学び」をやってこなかったことが大きな要因だと思います。国内の多くの人々は、一般的に受験の時期だけは一生懸命に勉強するものの、社会に出てからは圧倒的に勉強しなくなることが様々な調査結果からも明らかになっています。国際比較でも、相当に低い水準です。

※引用:パーソル総合研究所「APACの就業実態・成長意識調査」より
『勤務先以外での学習や自己啓発について、日本は「特に何も行っていない」が46.3%で、14の国・地域で最も高い。2位のニュージーランドと比べて24.2ポイントも差があり、断トツで自己研鑽していない』

パーソル総研の調査によると、勉強しなさレベルでいうとAPACの中でもまさに「ダントツ」だそうです。勤務先以外での学習についての調査項目なので、会社の中では学習する機会もあるのかもしれません。が、それこそ冒頭で述べた「会社主導のリスキリング」のイメージにも近いですよね。命令されての勉強、やらされ勉強と思いながら一応はこなしている、という感じでしょうか。


なぜこのようなことになってしまったのか。それは、これまでは、自分のキャリアは会社に任せておけばそれですべてOKと考える人が多かったということでしょう。

それでも今は、少しづつは変わりつつあると思います。転職というオプションが割と一般的になり、自分自身がマーケットでの競争原理にさらされる感覚が普通になったからです。

しかしながら、現在の上の方の世代は、そういう感覚を持たないままに年齢を重ねた人も少なくありません。そういう人とも話をする機会がありますが、驚くほど古い、保守的な価値観を持ったままの人も多いですね。

自分のポジションも待遇も、さらには勤務する場所(=住む場所)までも会社の判断がすべてで、ただそれに従うだけ。その決定に異議を差し挟む余地などないし、畏れ多くてそんなこと考えすらしない。

だから、自分の価値を高めるための勉強も、すべて会社の指示に従っていればいいと思ってしまう。勉強をやれと言われれば(乗り気でなくとも)やるし、やらないでいいと言われたら別になにもやらない。余暇時間が増えてラッキー、そんな感じでしょうか。


今、クライアント先企業の「いかにメンバーの能力を上げるか」というプロジェクトにいくつか関わっています。いま世の中的に見ても、たとえば全社にLinkedInラーニングやUdemyを導入したり、外部研修講師を呼んできたり、社員向けに様々なコンテンツを用意する会社は増えてきています。

しかし、単に教育コンテンツを用意しただけでは、上記のような「ディストピア感のある押し付けリスキリング」みたいにしかならないケースも多いのですよね。

実際、決められた数の動画を見ないと人事部から連絡が来て怒られる。だから仕方なく見るけどぜんぶ早送り。何なら、最後の成果確認クイズに答えるためのカンニングシートが社内で流通する.. など、そんなカルチャーにとどまってしまう組織も少なくありません。本当にもったいないことです。


学びは、あくまで個人のものです。組織に命令されてやるものではありません。だから、それを考えることが大事ですよね。

ソーシャルラーニングという言葉があります。人と人とがつながり、励まし合い、お互いの学びを応援するというものです。知見の交換も重要です。

SNSは、まさにそれを実現するのに絶好の場なのですよね。尊敬する人が学んだ内容を、自分も勉強してみたい。そういうことを知ることが、モチベーションの大きな向上につながります。(ちなみにLinkedInではそれが実現できるのですが)

引き続き、そういうことを研究していきたいと思います。ぜひ皆さんのご意見も聞かせてください。

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