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レヴェンワースの光、タイムズ・スクエアの花嫁

案外寒くならないのでここのところは会社を出たあとぷらぷらと3駅くらい歩いてみたりする。東京には雪もあれから降らないし、もっと寒くなっていいんですよと思うのだが。うかうかしてると冬、終わってしまう。たばこも新しいiPhoneも税金も高い。やんなっちゃうねと思いながら冬のベランダでときどき吸うたばこはうまいと心底感じる。肺が冷える。神田の駅前に隠れセーブポイントみたいにして2箇所も喫煙所を発見した。肩身狭いどころか犯罪者みたいな扱いをうけて居場所は縮小撤去されていきます愛煙家、珈琲とたばこと古本のまち神田神保町を有する千代田区が路上喫煙禁止になって久しいが。蕎麦屋の勝手口で一服している主人と野良猫。やんなっちゃうくらい間伸びした風景に泣きたくなるほど愛しさをおぼえる時だってあるよね。

東京駅の雑貨屋でふとミニサイズのそれを見かけて手に取って、そしたらどうしてもやりたくなって競技用の公式ルービックキューブを買った。パネルが安っぽいシールじゃなくてちゃんと埋め込み式になっているやつ。アナログパズルというのはいい。かちゃかちゃ手を動かすだけでなんだか気持ちいいし、頭使っている気にも使っていない気にもなれる。ただ着々と面を完成させ、すでに出来上がった面を崩さないように考えながら他のカラーパネルを移動させていくうち、なんだか会社であれこれ調整役をやらされている時の感覚を思い出してしまっていっぺんに崩した。こういうのは永遠に完成しないほうがおもしろいのだ。たぶん私にとっては。

最近は食事をしながらYouTubeでいろいろなライブカメラを見るのにはまっている。ライブカメラというのはいわゆる定点観測のことで、世界各地のあらゆる場所に仕掛けられたカメラをとおして、その場所の様子をリアルタイムで観測することができるのだ。インターネットを通じてどこからでも。日本で有名なのは渋谷のスクランブル交差点や、ナミブ砂漠のライブカメラ(国立公園の水場にカメラが仕掛けてあって、入れ替わり立ち替わりめずらしい動物たちが水を飲みにやってくるのだ。これはとてもよかった)。この前はレヴェンワースというアメリカの観光都市の映像を発見した。時差があるので、まず私が眺めている時間帯はほとんど深夜で映像にほぼ動きはない。調べてみればイルミネーションの有名な小さな街だそうで、しんしんと積もった雪景色に、一面を電飾できんきらりんに彩られた家家が立ち並んでいた。ライブカメラを意識しているのかは定かでないが、イルミネーションは一日中つけっぱなしにしているようだ。クッキーでできたヘクセンハウスみたいなかわいい家たち。時々風が吹いたり、夜中に用事があったのか誰かの車が通り過ぎていったりするだけの静かな映像を気に入って、何日か眺めていた。昼間はきっとたくさんの観光客で賑わうであろう小都市の、寝静まった姿だけを。

もうひとつ。こちらは打って変わっていつ見てもそれなりの人で賑わっている映像だが、ニューヨークのタイムズ・スクエアのライブカメラもおもしろい。観光客おきまりのフォトスポットとなっている階段のすぐ脇に設置されていて、ときどき画面の右下あたりのスペースで大道芸が行われているのも見られる。大道芸人もわざわざライブカメラでパントマイムや手品を眺めている日本人がいるとはつゆほども思っていないだろう(なんかタダで見ちゃってすいませんという気にもなるが)。ここは渋谷の交差点なんかよりはるかに往来が多く、そして皆この場所を公園みたいに自由に使っているという感じがする。この前は食事をしながらぼんやりとライブカメラを見ていたら、道路の向こうからウエディングドレスを着た女性がやってきて、その周りにいる友人らしき人たちが花束を渡して抱き合っていた。結婚式のサプライズだ。

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わかるかな?

偶然にもうれしい場面に立ち会ってしまい、そしてこれが映画ではなく同じ時間に別の場所で確かに起こっていることなのだと思うと妙に気持ちが高まってしまい、夕食の手を止めて「おめでとう!」などと言いながら一人で画面に向かって拍手をしてしまった。彼らもわざわざライブカメラでこのすてきなウエディング・サプライズを眺めている日本人がいるとは、つゆほども思っていないだろう。


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