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ポスドク問題を考える【2023年バージョン】

みなさんは「ポスドク問題」というものをご存知だろうか。

という文章から始まるブログを書いたのは、いまからおよそ10年ほど前のことである。

(このブログはその後、noteに掲載し直したので、以下のリンクから読むことができる)

ポスドクというのは「ポスト・ドクター」の略で、この場合のドクターは医者ではなく、博士課程を修了して博士号を取得した人のことを指す。日本語では普通、「博士研究員」と呼ばれるこの博人たちの就職口が全くない、というのがいわゆるポスドク問題だ。

ポスドク問題に関するブログを書いてから10年(より正確には13年)経ち、社会人として世の中を見る目の解像度が多少は上がった。ポスドク問題とは何かと改めて問われたら、いまなら次のようにこたえるであろう。すなわち、日本型の「大企業」に特徴的な「終身雇用・年功序列」と呼ばれるごく一部の「特権的」とでもいえるようなキャリアが、博士号というものを取ってしまったがゆえに絶たれてしまったという、高学歴取得者による怨嗟の声である、と。

本記事では、この「大企業」におけるキャリアとは何かについて、私が実際に見聞きしたことをもとに整理するとともに、いわゆる「メンバーシップ型」と「ジョブ型」と呼ばれる雇用形態の違いと、それらが融合していくであろう未来の働き方について私見を述べたい。

ところでまず始めに断っておくが、博士号を取得した研究者が大学の教員など、いわゆるアカデミアと呼ばれる世界でどのようにキャリアを築くかについては、本記事の議論の対象としない。アカデミアでのキャリア形成について私の経験が乏しいことに加え、そもそもアカデミア自体がポスドクの受け入れに対して消極的なように思われるからである。

大学院重点化などと呼ばれる政策により大学院への進学者が増加した一方で、教員の定員数はこれらを受け入れるほどの増加が起こらなかった。したがってプロの研究者としてゆくゆくは大学教授などになろうと考えた多くの人は、アカデミアでのキャリア形成に失敗することになる。アカデミアはこうしたポスドク達を「高度人材」などと呼び、民間企業への就職(転職)を積極的に斡旋している。

しかしよく考えてみれば、本当に高度なスキルセットをもった人材であれば、わざわざアカデミアが宣伝などしなくても企業は受け入れるはずである。例えば、最近であればコンピュータサイエンスの学位をもった人材、とくにAI関連のスキルセットをもった博士研究員ならば企業からの引く手あまたであろう。少し意地の悪い言い方をすれば、転職市場(ジョブマーケット)のニーズを満たさないような中途半端なスキルしかない博士研究員を無理やり民間企業に押し付けようとしているのが、アカデミアの「ポスドク政策」と言えなくもない。

このような意見に対して、次のような反論も可能であろう。すなわち、民間企業にとって博士号をもった人材を受け入れるというのは未知の経験であり、多分に彼らに対する偏見、たとえば協調性がないだとか、チームワークが苦手だとかいった、そのような「誤解」が優秀な人材の受け入れを阻んでいる。アカデミアはそのような誤解を解き、官と民の人材流動性を高めるための基盤を整備しているのだ、と。

この意見は、私が実際にポスドクからの転職活動をしていた10年以上前であれば、部分的には正しい面もあっただろう。しかし2023年現在、民間企業で働いているポスドクの数は大いに増えた。単純な偏見や思い込みだけで企業がポスドク採用に二の足を踏んでいるとは考えにくい。

端的に言ってしまえば、企業がポスドク人材の雇用に慎重なのは、新卒一括採用の人事システムにおいて、ポスドクのような中途半端な人材を雇い入れる仕組み自体が会社側にないからである。逆に言えば、ポスドクが民間企業へ就職をしたいのであれば、このような雇用・人事システムを採っていない企業にアプローチするほかない、ということになる。そして重要なのは多くの場合、後者のような企業は前者のような新卒一括採用型企業に比べて、収入的な面でも、福利厚生などの待遇的な面でも、圧倒的に劣後する、という事実である。つまり元も子もない言い方をすれば、博士号研究員というキャリアを採った時点で、人生における経済的な収支が圧倒的にマイナスになってしまう、ということだ。おおよその目安として、生涯賃金レベルで1億円から1.5億円程度の差がつくのではないか、というのが私の肌感覚である。この数字については後ほどまた触れる。

話がだいぶ脇道にそれたが、以上の議論を踏まえた上であらためて、一部の「大企業」とよばれる会社に新卒で入社するというキャリアがいかに特権的なのかについて、私なりの見聞録を紹介していきたい。ここで紹介する働き方というのがいわゆる「メンバーシップ型」と呼ばれるキャリアを形作ることになる。

(続き ↓)


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