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ホチキス【掌編小説】

 言葉がうまく出せなくて、もがいて、うめいて、獣のようにうなりをあげて、途方に暮れた。這いずるように立ち上がって洗面所へ向かった。喉の奥に何かがつかえているのなら、指を入れて吐き出そうと思ったのだ。
 ふらふらと洗面台にもたれかかり、ふと目の前の鏡を見た。
 私の口は、ホチキスで留めてあった。
 何か所も丁寧に、上下の唇をきっちり合わせて、小さな鈍色の針で綴じてあるのだった。
 指ではがそうとして、人差し指の腹にけがをした。ぷっくりと血液が膨れ上がり、やがてぽたりと落ちて、洗面台に赤いもようを作った。

 部屋着の上にコートだけ羽織って、ホームセンターへ歩いて行った。
 くぎぬきでは大袈裟だろうか。ペンチか、ニッパーあたりがいいだろうか。案外、毛抜きなんかでも役立つものだろうか。
 探し回ってもなかなか、ぴったりの道具は見つからなかった。
 店員に相談しようにも、私の唇は一分の隙もなくホチキスで綴じてあるのだった。

 行き詰った私はスケッチブックを一冊買って店を出た。
 道路へ出て、スケッチブックの最初のページをめくり、それを掲げて立った。
 右手の親指をぐっと突き出して。真っ白なメッセージを左手に高く捧げ持って。
 こういうとき、書くべきはずの行先を、知っていたような気がしたけれど、思い出せなかった。ペンを買うのは忘れてきた。

 やがて一台の車が止まった。
 窓が開いて、男が顔を出した。怪訝そうにスケッチブックを見るその男を、以前知っていたような気がしたけれど、思い出せなかった。
 こういうとき何と言えばいいのか、わかっていたような気がしたけれど、それがどのくらい昔のことだったかさえ思い出せなかった。

 そもそも、私の唇は、これ以上ないほど完璧に、ホチキスで綴じてあるのだった。

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