クリスチャン経営者10選

10人挙げてみたが、若手はいない。まぁ今の日本で宗教をカミングアウトするメリットがないし、周りに影響出てしまうからね。

10人改めてみると、若い時に洗礼を受けているパターンと、親がクリスチャンというパターンが半々くらいのイメージ。創業者や仕組みを作り出した人が多く、そこに思想が強く入っている印象。各人非常にエネルギーを感じ、経営へのきっかけがなければ牧師になっている(いそう)なケースが多い。貧しさや困難をきっかけに宗教に接するようになるパターンもいくつかあるが、宗教に触れるきっかけとしてはオーソドックスだろう。

1. 井深大(ソニー創業者)

第一学院の3年生のとき、親類の人にすすめられて富士見町教会へ行き出した。山本先生の感化もあってクリスチャンとして正義感に燃えていたのだろう。日曜学校の先生などをしたり、クリスチャンとして一生懸命努力したものである。早稲田大学の学生からなっている友愛学舎というキリスト教関係の寄宿舎にはいったのもそのころである。(NIKKEI STYLE)

2. 小倉昌男(元ヤマト運輸会長、クロネコヤマトの生みの親)

毎朝7時、小倉は玲子夫人と連れだって自ら運転する自動車で東京・港区青山の自宅を出る。麻布にあるカトリック教会の早朝ミサに出席するためだ。礼拝堂にひざまずき、30分間静かにいのる。「今日も悪いことはけっしてしません、と誓って出てくるんですよ」と少しはにかむが、小倉にとって1日でもっとも穏やかな時間である。(日経ビジネス ON LINE)

3. 橋本徹(元日本政策投資銀行社長)

国会へ出向く前、頭取室のドアを閉め、祈る。「力の及ぶ限り、すべてやりました。でも、何を答えたらいいのでしょう?」。そんな問いかけに、神は「やりなさい、いきなさい、話しなさい。私が力になります。自分の知っていることを話し、知らないことは、正直に『わからない』『答えられない』と言いなさい」と語りかけてくれた。

子どものころから教会に親しみ、高校卒業とともに洗礼を受けていたが、銀行に入って26年、いつの間にか教会から遠ざかっていた。久しぶりに静かな時間に身を置くと、やがて、神の声が聞こえた。それは、心が空っぽになったときにだけ聞こえ、いろいろ思い悩んでいるときには訪れない。聖書の随所に出てくる「思い悩むな」の教えが、蘇る。心が平安になり、新たな力が湧いてくる気がした。その日から、無心で、買収のとりまとめへ力を傾ける。(PRESIDENT Online)

4. 池田守男(資生堂元社長)

18歳でキリスト教の洗礼を受け、牧師になるため東京神学大学神学部に進んだ。国論を二分した60年安保の時で、キリスト教の世界にも対立があり、そのまま牧師になる決心がつかなかった。61年に大学を卒業したが、牧師にはならず資生堂に入社した。(Business Journal)

5. 森泰吉郎(森ビル創業者)

青年時代に霊南坂教会で洗礼を受けたクリスチャンで、そのためもあって実業家として成功した後も常に質素な暮らしを心がけていた。(Wikipedia)

6. 金山良雄(ムラサキスポーツ会長)

株式会社ムラサキスポーツ代表取締役会長、JTJ宣教神学校交友会会長。恵友学園理事長。(Wikipedia)

上野の森キリスト教会所属(長老)(http://www.uenonomori.org/?page_id=6)

7. 松本望(パイオニア創業者)

松本の父はキリスト教の伝道師であり、松本は「幼い時から勤労の精神を養っておかねばならぬ」という父の指示で、小学校三年生の頃から新聞配達をしたり、夜は床屋の見習いにも出た。卒業してラジオ輸入商の高木商会に勤めていた時は、「あなたの人柄を見込んで、独立資金を援助しよう」と言われ、迷わず松本は「福音商会電機製作所」を設立した。
 福音とは「キリストによって人類が救われる」といううれしい音信のことである。クリスチャンの松本は『音によって社会貢献する』という信念から、この社名をつけた。「わが社は音の専門メーカーである。音をもって社会に貢献することを忘れてはならぬ。そのためには最高の技術を活かして大衆が喜んで利用できる価値でなければ事業の意味を失う」と訴え続け夫婦二人の家内工業から大きく発展させた。(COMPANY SPIRIT MUSEUM)

8. 森永太一郎(森永製菓創業者)

 太一郎は早速菓子づくりの見習いの仕事を探しますが、人種差別がひどく日本人には下男の仕事ぐらいしか見つかりません。仕方なく下男をしながらアメリカ人の家を転々としながらチャンスを待ちました。オークランドの老夫妻の家に流れ着いた時、再び太一郎を変える出会いが起こります。その家の老夫妻は熱心なクリスチャンで、とても親切で日本人である太一郎を対等の人間として扱い、決して見下すことはなかったのに感激し、老夫婦の信仰するキリスト教に興味を持ち、オークランドの日本人教会で求道し、ついに洗礼を受けたのでした。(キリスト教人物小伝)

9. 飯島延浩(元山崎製パン社長、ヤマザキナビスコ会長、デイリーヤマザキ会長)

日本ホーリネス教団に所属するキリスト教徒である。(Wikipedia)

「狭い門からはいりなさい。いのちに至る門は小さく、その道は狭く、それを見いだす者はまれです」(マタイの福音書 7章13・14節、新改訳)同業者や流通を非難したり否定したりせず、さりとて追随することもしない。そして、相手を見て仕事をするのではなく、常に「あるべき姿」を追い求める。この教えに従えば、私の限界も突破でき、会社もそれによって道が拓けると思い、日々祈りを捧げ続けてきました。ビジネスの仕組みは、キリスト教文化から切り離せません。だから、神の教えに忠実に経営をすればよい結果が得られる。知っておいて損はありません。(PRESIDENT Online)

10. 小林富次郎(ライオン創業者)

熱心なクリスチャンで、「そろばんを抱いた宗教家」といわれる。武蔵国北足立郡与野町(現・埼玉県さいたま市中央区)出身。4歳のとき、父母の郷里の越後国中頸城郡柿崎村直海浜村(現・新潟県上越市柿崎区直海浜)に戻り、16 歳まで家業である酒造業と漁業に従事した。しかし酒蔵が経営不振に陥り、1877年に上京し石鹸工場「鳴春舎」に同郷の仲間と共に入社し、石鹸事業に携わっていた1888年11月4日、多聞教会で長田時行より洗礼を受けキリスト教に入信した。(Wikipedia)


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