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読書感想『成瀬は天下を取りに行く』宮島未奈著 ―なんでもやってみようと思える元気がもらえる1冊―


いつから結果を気にして何もできなくなったんだっけって思う。


大学受験で自分の限界を知ったから?
社会人になって意味のないことより、結果だけを求めてしまうようになったから?

結果を残せるかわからないけど、やりたくなったからやってみようって思えなくなったのは何が原因だったんだっけ。いや、原因なんてなくて、いろんなことの積み重ねなのかもな。

最近は何かをやろうと思うと、いつもできなかったことばかりが頭に浮かぶ。

先にできなかった時の言い訳を思いついて、「それならやらない方がいいんじゃない」と臆病な自分がひょっこり顔をだす。失敗はデフォルト。挫折を前提に、夢なんてものを設定しなかった。

今年で27歳になるけれど、可能性に蓋をして生きていくことに慣れてしまったなあと若干の寒さが交じる始まりの季節にしみじみ思ってしまった。

だけど、最近『成瀬は天下を取りにいく』を読んで、何かを始めることって突然でいいし、辞めるのも別に人の目を気にすることじゃないんだよねと学生の頃の青々しい気持ちを思い出した。

本作は、中学2年生の成瀬が「島崎、わたしはこの夏を西部に捧げようと思う」と突飛なことを言い出すところから始まる。その意味するところは、8月31日閉店を控える西武大津店に毎日通い、中継に映るというのだ。

他にも、M-1グランプリに出場すると言い出したり、実験のために坊主頭にしたり、あげくには200歳まで生きるとまで言い出す。
読んでいて元気になる青春小説だ。


第20回女による女のためのR-18文学賞の大賞・文学賞・友近賞の3冠を獲得し、多くの著名人から絶賛されている本作の何がすごいのか。

それはメインで語られる成瀬の圧倒的主人公感だ。

成瀬はとにかくかっこいい。老若男女を惹きつける力がある。成瀬はまず宣言し、そして行動する。誰の意思をも介入させず、ただ自分がやりたいと思ったからやる。

一切の妥協を許さず、真摯に取り組む姿は読んでいて気持ちいいくらいだ。帯にも書かれている通り、かつてなく最高の主人公だと思う。

主人公という属性の特徴は、自分がやりたいと思ったからやる、といった行動原理に尽きると僕は思っている。それ以外になにか理由があるの?と言わんばかりのエゴイストさを持ち合わせ、その圧倒的自分本意な行動に人は驚きつつも目が離せなくなる。気づけば自分もその一端を担いたいと思わせる。それをカリスマ性と言うのだろう。


その主人公属性を当てはめるのならば、成瀬は確実に主人公だ。

もちろん、突飛な行動を取る成瀬に対し、不快感を感じる人もいるだろう。
本作でも実際、同級生の大貫は厄介な女と評し、邪険にしている。しかし、そういう人にすら距離をおかず、堂々と接する姿も主人公たる所以なのだと思う。


なにより、この小説は何かを始めたいと思う時の気持ちのハードルを下げてくれる。すごい小さなことでも、なんでもやってみたくなる。

出来なかった時、何が一番いやかといえば周りに「ほらやっぱりね」と嘲笑われることだ。誰かにそう思われることはものすごく恥ずかしい。恥ずかしいとともに、出来なかった自分に対する惨めさを感じることになる。

けれど読んでいると、自分が始めると言ったことになんで他人が関係あるんだ?と成瀬に言われている気がしてくる。

「やってみないとわからないことはあるからな」
成瀬はそれで構わないと思っている。たくさん種をまいて、ひとつでも花が咲けばいい。花が咲かなかったとしても、挑戦した経験はすべて肥やしになる。

宮島未奈『成瀬は天下を取りに行く』新潮社 2023年 187頁

ありふれた言葉のように聞こえるが、成瀬が言うと説得力が違う。そしてそういう成瀬を見ていると、やってみること自体がとても楽しそうに見えてくる。

きっと人生なんてものは結果がどうあれその時、楽しむことが一番いい。

その時やろうと決めたものを自分の中でやりきったと思えれば良いんだと思う。それを体現するように成瀬はいろいろなことに挑戦する。


ふと思い返すと僕も年齢があがるにつれて一生ものを探しがち担っているなと感じている。死ぬまで楽しめること、ずっと夢中になれること。それがなんなのかもわからずに。

けれど、そんなことって実は考えなくてもいいのかもしれない。

今楽しんだことが、夢中になってやったことが、気づけば一生物になっているかもしれない。けど未来には別のことをやりたくなっているかもしれない。そうではなかったら、また未来の自分が同じように、夢中になれることを探すだろう。

読み終わる頃には成瀬に憧れている。僕もそうなりたい!と思ってしまう。
しかし、それでいいのだ。そのぐらいの気持ちで成瀬になろうとしてみてもいいのだ。

そんな自然な勇気をくれる一冊だった。


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