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詩142/ コンロの火

薬缶に水を張り
コンロのスイッチをいれる

青白い炎が
薬缶の底に向かって
ガスの排出音を伴って
エネルギーを静かにぶつける

それは湯が沸くまで
とても安定したベクトルで
加熱が続けられる

湯が沸いたら
コンロのスイッチは切られ
役割を終えた炎は
一瞬でこの世から消える

そしてまた

卵焼きを焼くとき

ラーメンを茹でるとき

鍋物を煮るとき

必要なときに
コンロのスイッチをいれる

青白い炎は
必ずそこに現れ

完璧な仕事をこなして
スイッチを切られて
消えていく

それは
何の間違いもない
エネルギーの制御と利用という
高度な産業発展の恩恵なのだろう

俺は
湯が沸くまでの間
文明と科学が灯したその青白い炎を
ずっと見つめていた

その中に
たまに
ぽつぽつと混じる
オレンジ色の火が
俺に何かを伝えようとする

遊ぼうよ
にも

助けてよ
にも

違うんだ
にも

聞こえる

でも
ごめん

俺には
君たちの完璧な仕組みの中に
踏み入ることはできない

またあとで
夕飯を作るから

そのときに
きっと

また会おうな

湯が沸き
薬缶から湯気が
勢いよく吹き出す

俺は
何も言わずに
コンロのスイッチを切る





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