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スーパーせんとうタイム

 私は風呂が好きだ。しかし、就職を機に一人暮らしを始めてから5年、一度もアパートの湯船に入ったことがない。準備が億劫なのは言うまでもないとして、最たる理由は近所にスーパー銭湯があるからである。

 だいたい土日のどちらかに行って、1時間近く満喫している。身体を洗って、露天風呂に浸かり、サウナを3回戦繰り返して終了。夜風を浴びながら、ローソンで買ったキレートレモンを飲むのが堪らなく愛おしい。

 アパートから徒歩7分ほどの国道沿いに、スーパー銭湯はあった。私のアパート探しはこの時点で決したと言っても過言ではない。金を払えば風呂に入ることができる。なら払おう。この5年で150円近く値上がりしているが、気にせず入ろう。

 ちなみに、設備自体は値上げに反してオンボロである。

 まず、鍵つきのロッカーがタチ悪い。100円を入れたら使用でき、帰るときに返金されるタイプのロッカーだが、何度か100円を吸い込まれている。従業員は早々に諦めた。

 次いで洗い場のシャワーが各々個性を持っている。水圧が強くて肌が痛くなるヤツ、すぐに止まってボタンを何度も押さないといけないヤツ、もはや止まらないヤツ。アイドルじゃないんだから、均等に役割を果たしてほしい。

 あとシャンプーとボディーソープは絶対に水を継ぎ足している。でもそれは暗黙の了解で、周りの利用客はお風呂セットを持参している。私は面倒なので手ぶらだ。

 けれど、週末の夜に入る露天風呂は全身に染み渡り、「私はこのために生きているんだなあ」と毎回昇天してしまう。だからオンボロ具合も許容範囲だ。むしろ店が潰れたら毎回アパートでお風呂の準備をしないといけないから、今後も投資していきたい。

 だが、引っ越した当初は初めての一人暮らしというのもあって、警戒運動全開だった。

 治安の悪い街として全国的に名の知れた土地なので、当時は何をするにも周囲に視線を張り巡らせていた。確実に挙動不審だった。

 スーパー銭湯では、ロッカーに100円を入れるときに脅されないだろうかとか、券売機でチケットを買っているときに強請られないかとか、服を脱いでいる最中に私物を盗まれないかとか、いろいろ心配だった。

 脱衣場で裸になって浴場へ行くときなど、まさに戦闘開始である。

 洗い場は壁沿いにシャワーと桶が並び、利用客が1人分のスペースを空けて使っているパターンが多い。当然、混雑時はぎゅうぎゅうになる。

 私が行く時間は比較的に空いており、基本的に1人分置いて利用できた。だが、それがルールというわけではない。どれだけ周囲が空いていようが、隣に座ってくる人はいる。

 そして私は、左隣に座ってきたガタイの良いおっちゃんに対してなぜか警戒レベルをマックスに引き上げてしまった。ワンパンで吹っ飛ばれそうな感じのゴツいおっちゃんだった。

 しかも私はちょうど頭を洗っている最中だった。いつもは目を瞑っているところだが、私は目を閉じられなかった。でもシャンプーで目が染みるのは辛い。でも閉じたくない。

 泡立った髪をシャンプーで洗う。頭の角度を調整して、目に入らないようにする。けれど案の定、目元にシャワーの個性強めな勢いが攻め込んでくる。

 まだ目を閉じたくない!でも目にお湯入ってくる!おっちゃんまだいる!ああああ!

 軽いパニックだった。我ながらビビり過ぎだろと思いつつ、目をパチパチさせながら堪える。だが、限界だった。

 目を閉じた瞬間、頭を洗う手のスピードが2倍速になる。1秒でも早く、かつ正確に泡を落とせ。そのオーダは難関だった。実家にいた頃、こんなに全力で頭を洗っただろうか。

 泡を落としきった。よし、目を開けてやれ!!

 隣におっちゃんはいなかった。

 圧倒的、脱力。湯船に浸かる前に全てを成し遂げたような心地になった。

今でこそ警戒運動は解除しているが、5年間で何度か似たようなミッションを自分に与えて、勝手に疲れていると思う。

 総じて、私は銭湯が好きだ。仕事がどれだけ面倒でも、人間関係が億劫でも、将来が不透明でも、風呂に浸かっているあの瞬間に全てがリセットされる。そうやって日常に蓄積された負荷のピントをずらしながら生きている。

 今後、小物社会人視点でのエピソードを記述していく。もしお時間いただけるのであれば、ご一読いただきたい。

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