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【短編】夏の終わりの出来事

急にガクンという衝撃を感じて、僕は、自転車を 止めた
自転車のスタンドを立てると、僕はその原因を 探した
そして、タイヤにクギが刺さっているのを見つけた
ついてない
という言葉が、耳の奥に聞こえる
僕は、タイヤからくぎを抜くと、仕方なく、自転車を押して歩いた
僕の気持ちとは裏腹に、海岸線沿いに見える海はキラキラと輝いている
今日は、天気がいいので、愛車で、夏の終わりの海を見に行こうと思った
そしたら、こんなことになってしまった
歩いて帰ったら、一体、どのくらい かかるんだろう?
と、思ったら、どんどん、自分が、不幸のど真ん中にいるように感じて辛くなってきた
とぼとぼ、自転車を押しながら海を横眼に歩いた
行きは、波の音が聞こえてくると心地よく感じたけれど、今は、波の音が聞こえてるうちは、まだまだ家は遠いという意味合いに変わり、波の音も 憂鬱をつれてくるだけだった

自転車がパンクして、突然、不幸のどん底に突き落とされてから何分が経っただろう
とぼとぼと歩く僕の横を車が走り抜けたのが見えた
そして、その車が、路肩に止まったのが見えた
そして、その車から一人の作業服を着た男の人が 降りてきて、僕に近づいてきた
「自転車、パンクしたんすか?
大丈夫?」
という声が聞こえて、うつむき加減で歩いていた僕は、顔をあげて、その人の顔を見た
そして、
あっ
と、声をあげた
その人に見覚えがあったからだ
でも、向こうは、僕のことは覚えていないようで 驚いている僕にキョトンとしている
「クリスマスにコンビニで、チキンとケーキ売ってたコンビニの店員です」
というと、その言葉で、その人は思い出したらしく
「おー
あの時の青少年かあ」
と、ニヤリと笑った
そして、僕は、タイヤがパンクしてしまったことをその人に話した
すると、その人は
「今から帰るところだから、乗せていってやるよ」
と言った
その言葉を聞いて、僕は、不幸のどん底から一気に浮上した
今日は、ついてるんだか、ついてないんだか、わからないな
と、僕は思った
その人の申し出を断る理由はないので、僕は、車に自転車と僕を乗せてもらうことにした
車が発進すると 
「海に遊びにきたのかあ
いいなあ
俺なんて、仕事だぜ?」
と、その人は言った
こないだの台風の影響で、遊泳禁止の看板とかが なくなったり、色々と海岸付近に被害が出たらしく、市役所のなんでもやる課に勤めるその人は、現地調査に来た帰りに僕をというかパンクして困ってそうな人を見つけたということらしい
「そういえばさ
君に会うのも二度目だよな
なんか、今日は、なんか、すげーな
こういうのを奇跡っていうんだな?」
と、その人は、言った
なんでも、その人は、今日、偶然の再会を僕以外にもしたばかりだという
調査ついでに、せっかくだから砂浜を散歩して帰ろうとしたら、砂浜に佇んでいる一人の女性を 見かけたらしい
そして、その人が、過去に二度、偶然に出会ったことがある人だったのだとか
一度目は、子猫を助けた時に木から落ちたその人のために救急車を呼んでくれた時で
二度目は、その子猫の件で骨折して入院した病院で、人間ドックに来ていたその人と偶然ばったり あった時
そして、今日が、偶然の再会の三度目だという話だった
「そして、そんな偶然の再会だけでも、すげーのに、その偶然の再会の舌の根も乾かないうちに君とまたもや、偶然の再会をしたってわけだ
もう、これは、奇跡って呼んでいいレベルの出来事だろ?」
と、その人は、ハンドルを切りながら嬉しそうに ガハハと笑った
舌の根も乾かなぬうちにって、こういう時に使う言葉だっけ?
と、僕は、心の中で思いながら、苦笑いをした
いずれにしても僕にとっては、彼は救いの神であり、僕にとっては、今日の再会は奇跡的なラッキーだと感じた
そして、僕は、その人と帰り道、沢山の話をした
バイトしているコンビニの話
大学で、経済を専攻していること
来年は、いよいよ、就職活動が始まること
色々と話した
僕は、口数が多い方ではないが、不思議とその人の前では饒舌になった
その人が、僕の話を面白そうに聴いてくれたからかもしれない
そして、見慣れた風景が、僕らを包んだ頃、男二人の楽しい奇妙な偶然がもたらしたドライブは終わった
自転車屋の前で下ろしてもらった僕は、その人に 今日のことをなるべく、心を込めてお礼を言った
そして、別れようとした時、その人が、ふいにこんなことを言った
「進路に迷ってるのなら、市役所に来いよ
と言っても、コネでいれてやるわけにはいかないけどさ
なかなか、これで、おもしれーぞ」
そして、彼は、僕に一枚、名刺をくれた
その名刺には
緑市役所 なんでもやる課 高橋和也
と書いてあった
僕は、自転車屋で、パンクを直してもらいながら
その名刺を見つめて、
この人となら一緒に仕事をしてみたいかもしれない
と思った

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