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【短編】釘

道具箱の中にたくさんのクギが入っているのが見える
この道具箱の持ち主は大工だった
なるほど、たくさんのいろんな種類のクギをたくさん持っていて不思議はない
と、男は思った
道具箱の中から一本の大きくて太いクギを男は つまみあげた
かすかに鼻先に鉄の匂いを感じた
昔、どこかで嗅いだ懐かしい匂いだと男は思った
そして、男は、大工に見つからないようにその場を去った
大工が、作業場に戻って来るのが見える
昼ごはんを終えて、満足そうな顔を大工はしていた
大工は、鼻歌を歌いながら、作りかけだった棚を
再び作り始めた
そんな大工の呑気な鼻歌を聴きながら、先程の男は、大工とは裏腹に焦りを感じていた
男は、急いで隠れたのもあってか、暑くもないのに額にジワッと汗をかいている自分に気がついた
物陰から大工の様子を伺っていた男に近づく影があった
ワン!
と、男の背後で声が聞こえて、男は、文字通り飛び上がった
大工の飼い犬が、昼寝から目覚めて馴染みのない 男の匂いを感じて吠えたのだった
飼い犬が、吠えた声を聞いても大工は特に気にする様子もなく作業を続けている
男は、ほっと胸を撫で下ろした
また犬が吠えるとまずいと思い、男は、大工の家から離れることにした
犬にまた吠えられないように慎重に男は、門の方へと歩き始めた
しかし、男が動いたことを感じた犬がまたしても 吠えた
その犬の鳴き声にびっくりした男は、ギュッと 自分の手を握り締めた
男は、手に激痛を感じた
そして、あまりの激痛に思わず声が出た
先程、大工の道具箱から一本つまみあげたクギを 男は、手に持っていたことを忘れていたのだ
そして、犬の鳴き声にびっくりして、クギを手に持っていることを忘れて、思いっきり握ったことでクギが手に刺さったのだった
男の掌からは、真っ赤な血が滲んでいるのが見える
そして、飼い犬の声が聞こえても無反応だった 大工もさすがに男の激痛に耐えかねた呻き声には
反応した
そして、大工は、声のする方に走ってきた
男は、逃げようとしたが、激痛で体に力が入らないことに気がついた
大工は、男の姿を見ると、少し驚いたようだったが、男の手にクギが刺さっているを見て、男に駆け寄ると慣れた手つきで、男の掌に刺さったクギを抜いた
そして、家から消毒液と包帯を持ってきて、男の 怪我の手当てをしてくれた
その間、大工は、男になぜこんなところにいるのかと尋ねることはなく、ただ黙って手当てをしてくれた
男は、激しい後悔の念を感じた
男は、お金に困っていて大工の家に盗みに入ろうと下見に来ていたのだった
「これで大丈夫だ」
と、大工は、初めて口を開いた
男は、バツが悪そうに小さな声で大工にお礼を言った
その男の小さな声をかき消すように男のお腹が 大きな音を立てて鳴った
大工は、ニッコリ微笑んで、家の中に入っていくと紙に包まれたパンと一切れのチーズを 持ってきた
そして、黙って男の手にそれを握らせた
男は、泣きそうになる自分を感じて声も出せずに 大きく大工にお辞儀をすると大工の家を出て行った

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