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【短編】王女さまと紫の薔薇

一人の男がいた
男は、バラ園のバラを一つ一つ、真剣な顔で、見つめている
男が、大きなため息をつくのが聞こえる
バラ園を去っていく男の背中からは、ガッカリした空気が漂っている
バラ園を出ると、男は、馬に乗って、また次のバラ園へと向かった
男は、王様に命じられて、紫のバラを探していた
なぜ、男が、紫のバラを探し回っているのかというと、それには、重大な理由があった
この男が、つかえる王様の娘、いわゆる王女様が 
結婚をなさることになった
結婚式に向けて、全てが万全に進んでいた
しかし、ある日突然、王女様が、結婚式には、頭に紫のバラを飾りたい 
と、言い出したのだった
紫のバラなんて、この国では、誰も見たことも聞いたこともなかった
そこで、王様をはじめとして、いろんな人が、王女を説得したが、王女は、紫のバラがないと結婚はできないと言い張った
そして、とうとう、王女は、お城のご自分の部屋に鍵をかけて閉じこもってしまった
そこで、仕方なく、王様は、男に紫のバラを探す旅を命じたのだった
しかし、国中を探して、隣の国中を探して、そのまた隣の国を探しても、紫のバラは見つからなかった
どころか紫のバラが、どこそこにあるというような 不確かな怪しげな噂話すら聴くことはできなかった
男が、聴くと誰もが 
紫のバラなんて、この世にあるわけがない
と、口を揃えて言った
そんなことを繰り返して、男が、紫のバラを探して国を出てから、3年の月日が流れていた
私は、このまま、あるわけない紫のバラを探し続けて、自分の国に帰ることも許されず、一生を終えるのだろうか?
と、男は、最近では、不安と失望感を感じていた
そして、その夜、男は、気晴らしに宿の近くにあるパブに出かけていった
パブのドアを開けると、陽気な歌声や楽しげに語らい合う男たちの声が耳に飛び込んできた
男は、カウンターに座ると、ビールを頼んだ
ビールは、すぐに男の元へと運ばれてきた
男は、ビールのジョッキを手に取ると、冷たいビールを喉に流し込んだ
喉をビールが通過するひんやりとした感覚を男は 感じて、そして、少しホッとした
しばらくすると、男に隣の席で、男と同じように 一人で飲んでいる客の一人が話しかけてきた
「この国の人ではなさそうだが
どこから、きたんだい」
という彼の言葉に男は答えた
すると、彼は、何のためにこの国にきたのかと旅の目的を聞いてきた
男は、今までずっと、そうしてきたように紫のバラの情報を彼にたずねた
「紫のバラ?
そんなもの、この世にあるのかい?
僕は、見たことも聞いたこともないよ」
と、今まで、腐るほど聞いてきた言葉が返ってきた
しかし、今までと違って、彼は、その言葉の後に こう続けた
「紫のバラは、知らないけど
その紫のバラを見つけないと、君は国に帰ることもできないんだろう?
王様の命令だもの、仕方ないよな
僕もこの国で、お城の警備の仕事をしているから君の立場や気持ちは、わかるよ
そこで、提案があるんだ
でも、ここでは、まずいから外で話そう」
と、彼は言った
彼からどんな提案があるのかは全く検討がつかなかったけれど、彼の目を見ていたら、悪い人間には見えなかったし、男ももうこの旅から解放されたいと思っていたので、とりあえず、話を聞いてみることにした
男は、パブで出会った彼の後について、店を出た
彼は、男の泊まっている宿の裏手の広場にくるとポケットからチョークを取り出して、男と彼を取り巻くようにまるい円を描き、そしてその円の中に幾何学的な模様を描いた
それを描き終わると、彼はこう言った
「これで、よし
この魔法陣の中なら、結界が張られているから
僕らの姿や話している声は誰にも見えないし、聞こえないんだ」
その彼の言葉を聞いて、男は戸惑いを感じた
彼の言葉を信じてもいなかったが、だからといって疑ってもいなかった
そんな男を見ながら、彼は、さらにこう言った
「実はね、僕のおじさんは、魔法使いなんだ
だから、おじさんに、このことを相談してみては どうかと思うんだ
もしかしたら、おじさんが、紫のバラのことを知ってるかもしれない
なんて言ったって、魔法使いだからね
知らなかったとしても魔法で、紫のバラを出してくれるかもしれないし
とにかく、何がしかの解決方法が見つかる可能性はあると思うんだ」
男は、大真面目に語る彼の顔を眺めて、彼を信用してみることに決めた
彼は、その場で森に住むというおじさんのところに行くための地図と、男を紹介する手紙を書いて 男に渡してくれた
男は、お礼を言って、それを受け取った
そして、話を終えると、彼はチョークで書いた魔法陣を丁寧にきれいに消すと、男に、おやすみの 挨拶をして、暗闇の中に消えていった
次の日の朝、男は目覚めると、早速、昨日、紹介された魔法使いのところに出かけていった
魔法使いは、甥っ子である彼からの手紙を見せると 心よく、男を迎えてくれた
そして、男に一杯のお茶を出してから、男の話を 聞いてくれた
話を聞き終わった魔法使いは、しばらく遠くを見て 何かを考えているようだった
男は、魔法使いの入れてくれたお茶を一口飲んで 魔法使いを待った
お茶を飲むと、紫のバラ探して疲弊しきっていた 男の心に希望がむくむくと湧き上がるような、今までの疲労感が消えていくような感じがした
男が、お茶を一滴も残さず飲み終わった頃、魔法使いは
「では、明日、もう一度、こちらにおいでください
その時にバラを一輪持ってきてください
ええ、どんな色のバラでも構いませんから 
一輪だけ、バラをお持ちください」
と、男に言った
どういうことかはわからなかったけれど、男は 明日また伺います
と約束をして、魔法使いの家を後にした
そして、一晩寝た後、朝1番に花屋で真っ赤なバラを一輪買って、魔法使いの家にいった
魔法使いは、昨日と同じように、男を歓迎してくれた
そして、昨日と同じように、お茶を一杯いれてくれた
男は、持ってきた真っ赤なバラを魔法使いに差し出した
「結構、結構」
と魔法使いは、男が持ってきた真っ赤なバラを見て言った
その言葉を聞いて、男はなんだか一仕事終えたような ホッとした気持ちを感じた
そして、魔法使いが、真っ赤なバラを持って、隣の部屋に行ってしまっている間、男は、魔法使いのいれてくれたお茶を飲んだ
お茶を飲むと、男の心がすっかりと晴れていくような感じがした
しばらくすると、魔法使いは、真っ赤なバラを持って、男の元へと戻ってきた
そして、真っ赤なバラを魔法使いは、男に返した
男は、持っていた真っ赤なバラが、魔法使いの魔法で、紫のバラに変わっていることを期待していたが、男の元に戻ってきたのは、先程と一ミリも様子の変わらない真っ赤なバラだった
ひとつだけ、違っていたのはその真っ赤なバラは 麻の分厚い布に包まれた土の中にさしてあったことだった
男が、そんなバラを不思議そうに見つめていると 
「さあ、それを持って、あなたの国に帰って、王女様にそのバラを渡してください
そうすれば、万事解決するでしょう
その前に、ひとつだけ、注意があります
あなたが、国に帰るまでにバラが枯れてしまわないように、三日に一度、そのバラを包んでいる布から滴り落ちるほど水をあげてください
三日に一度、それ以上でもそれ以下でもいけません
必ず、三日に一度、しっかりと土に水をやってください」
と、魔法使いは言った
男は、紫のバラではないこのどこにでもある真っ赤なバラを持って帰って、どうなるんだろう?
と、少しの不安を感じずにはいられなかったが なんとなく、魔法使いの言葉を信じてみる気に なった
そして、魔法使いに丁寧にお礼をいって魔法使いと別れると、自分の国へと帰っていった
3ヶ月後、男は、やっとのことで、自分の国へと 帰還した
男は、魔法使いとの約束を守って、三日に一度、たっぷりと土に水をやったからか、3ヶ月経っても真っ赤なバラはあの日の朝と寸分違わずにみずみずしいままだった
男が、お城に戻ると、王様は、とても喜んだ
そして、紫のバラを見せてくれと男にいった
男は、その言葉を聞いて、全身に緊張を感じた
なぜなら、男が持って帰ってきたのは、世にも珍しい紫のバラではなく、なんの変哲もない、この国でもいくらでも手に入る真っ赤なバラだったからだ
この真っ赤なバラを見たら、王様は私のクビをはねておしまいになるかもしれない
と、男は、突然、恐怖を感じた
しかし、もう後に引くことはできなかった
魔法使いを信じるしかなかった
そして、場合によっては、最悪の運命も引き受ける覚悟をするしかなかった
男は、勇気を出して、王様の前に真っ赤なバラを 差し出した
すると、それを見た王様は
ほぉっ
と、小さなため息を漏らした
「よくぞ、見つけ出してくれた
これで、姫も機嫌をなおすだろう」
と、王様は言った
その王様の言葉を聞いて、男は驚きを隠せなかった
男は、クビをはねられなかった安堵感を感じながらも真っ赤なバラを手に喜んでいる王様の顔を見てめんくらっていた
男には、王様が、手にしているバラはどこにでも いくらでもある真っ赤なバラで、王女様が欲しがった紫のバラにはどう見ても見えなかった
そして、男が持ち帰った真っ赤なバラを王様が王女様の元へと届けると、王女様は喜んで、ずっと 鍵をかけて閉じこもっていた部屋から出てきた
そして、無事に結婚式が行われた
もちろん、男が、持ち帰った真っ赤なバラは結婚式の時に王女の頭を飾った
遠くから、その幸せそうな光景を男は眺めていた
男は、幸福そうな王様やお妃様、そして王女と王子様、喜ぶ国民たちを見て、同じく幸せな気持ちを感じながらも、男の目には、王女様の頭を飾っているバラは相変わらずどこにでもある真っ赤なバラにしか見えなかった
が、もうそんなことは、どうでもよかった
男は、しっかりと仕事をしたのだし、なによりも 全ての人が一点の曇りもなく、幸せに包まれているのだから、私の目に見えることなどどうでも いいと男は感じていた

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