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夜のハイキング~西武池袋線人身事故2

2022 10/29(土)
 
電車は東長崎に急停車した。
俺は、読んでいた本から顔を上げた。
社内アナウンスによると、西武池袋線の東久留米駅の人身事故により、運転を見合わせることになったようだ。
仕方がないので俺は、いったん、気分転換にトイレに行くことにした。
隣にいた酔っ払いの若者たちの会話が聞こえて来る。
人身事故の場合、あと1時間は復旧にかかるんだぜうぃ~、前にも一度経験したことがあるから間違いないぜうぃ~、歩ける所まで歩くぜうぃ~、などと言いながら、千鳥足でフラフラ改札口を出て行った。
酔っ払いの言うことは信用できないが、俺も徒歩で帰宅したらどれくらいの時間がかかるのだろうかと、東長崎~練馬を検索してみた。
俺の最寄り駅は、西武池袋線の練馬駅、もしくは地下鉄大江戸線の練馬駅か豊島園駅である。
違う路線に乗り換える場合は、池袋まで行かねばならず、今、西武池袋線は全線ストップしている為、池袋まで歩かなくてはならない。
アプリによると、33分かかる。
そこから山手線、地下鉄大江戸線を利用したら、トータル1時間位で帰宅できる。
このまま、ここで1時間待っても、運転が再開するか分からないので、まずは池袋まで歩くしかないと思っていたが、徒歩だけで帰宅した場合、どれくらいかかるのだろうか。
そして、検索結果が出た。
徒歩38分で到着。驚いた、これは盲点だった。
38分、俺の足で歩けば確実に自宅に帰れる。
時刻は、夜の22時15分、こんな時間にちょっとしたハイキングに行くと思えば楽しいではないか。
俺は、妙にウキウキしながら改札口を出た。
券売機の前には、これから電車に乗ろうとしている若い女の子二人が
「げぇ~マジ!電車止まってるんだって!サイアク!」
「チョ~サイアク!マジむかつくんですけど!」
などと騒ぎながらも、なぜか笑顔で嬉しそうにしていた。
24時間戦えますかみたいな雰囲気の中年男性は、スマホを耳にあてながら
「すいません、すいません、今、人身事故に巻き込まれちゃいまして!ええ、人身事故です、参りましたよ、人身事故!」
と先方への遅刻の理由をアピールしまくりながら、なぜか、笑顔である。
子供連れの家族は
「タクシー使う、ねぇ、どうする?」
「タクシーか、高いけどしょうがないなぁ」
「やったー!タクシー!タクシー!」
と、これまた笑顔である。
みんな、イベントがひとつ増えたような気持ちなのだろうか。
階段を下りて地上に出ると、駅前は思ったより人が少なく、目の前にあるマクドナルドには、運転再開まで時間をつぶそうとしている人がぽつりぽつりと入って行っている様子だった。
さて、俺は歩いて帰るぞとテンションがあがっていたものの、東長崎から自宅まで歩くのは初めてなので、再びアプリで検索しようと思った。
だが、後ろから俺を追い越すように人がどんどん、一定の方向に歩いて行くのを見て、これは練馬方面へ向かっている導線が自然と出来ていることが分かった。みんなに着いていけば間違いない。
俺はスマホをポケットにしまうと、夜のハイキングをスタートさせた。
若いカップルの男女、大学生風の若い男三人組、作業服の中年のおじさん、派手な服装のおねぇさん、喧嘩の強そうな中年の男、身体の弱そうな若い男などなど、俺は愉快なメンバーに囲まれていた。
大学生風の若い男の一人は
「よっしゃ~俺は、所沢まで歩くぜ!」
と意気込んでいた。
そんなに歩かれへんやろ!と友達から突っ込まれていたので、一体どれくらいかかるのだろうかと、俺は気になってスマホで検索してみたら、東長崎~所沢まで4時間45分、と出た。
そんなに歩かれへんやろ!
歩き始めてしばらくたつと、道幅が段々と狭くなっていった。
灯りが少なくなってきて、気がつけば住宅街を歩いていた。
そういえば昔、この辺りを自転車で走ったことがある。
その時は昼間だったが、この景色はなんとなく覚えている。
みんなと一緒に薄暗い住宅街を歩きながら、東京に引っ越して来た頃の記憶がよみがえってきた。
最初の頃は、自転車に乗って意味なく池袋まで走ったものである。
神戸の田舎から出て来た俺は、東京に住んでいるだけで毎日ウキウキしていた。16年も住んだ今では、すっかり練馬区民だ。
そんな感慨にふけりながら歩いていると、反対側の練馬方面からこっちに向かって歩いて来る集団が見えてきた。
ゾンビ映画みたいだった。
きっと向こうからこっちを見ても、ゾンビに見えているだろう。
ゾンビ同士がすれ違った。
しばらくすると、道が大きく開けてきた。
一緒に歩いていたみんなの方向もバラバラになり始めた。
最後まで一言も喋ることはなかったが、つかの間、同じクラスの生徒のような懐かしい気分になった。
まもなく練馬駅だ。
俺は、家に帰ってしまうのが勿体なくて、ちょっと遠回りしそうになった。
 
 
 
 

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