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元・三遊亭天歌と裁判所の見学3~大きな一歩

2022 10/23(日)
 
「いやぁ~生まれて初めて、裁判の傍聴をしましたが、ほんとに凄かったですね~」
海外ドラマをイッキ見したような顔で、三遊亭天歌は蕎麦をたぐっていた。
俺と天歌は、東京地裁の地下にある蕎麦屋にいた。
天歌は、さかのぼること9日前に、フライデーのネット記事に落語家パワハラ問題を告発した。ご存じの方も多いだろう。
天歌は、自分の師匠である三遊亭圓歌から受けた暴言・暴行を訴える裁判をするにあたって、10月21日、裁判所の見学にやって来た。
(すぐ後に、芸名がなくなったので、元・三遊亭天歌であるが、この時点ではまだ、天歌のままだったので、表記はそのままにしておく)
「いやぁ~だけど、はらしょう兄さんが言ってた美味い蕎麦屋、なくなったの残念ですねぇ」
何の話か全く分からないだろうが、このエッセイの第一回目に「東京地裁の地下にある蕎麦屋のカレー蕎麦セットが美味い」というマイナーすぎる話題を書いた。
蕎麦屋は、その後、なぜか牛丼の「すき家」になり、もう二度と、あのカレー蕎麦セットを食べられることはないのだと、悲しみにくれていた。
今回、天歌と来たので、地裁グルメを案内しようと思っていたのだが、あの蕎麦屋がなくなった今、すき家、もしくは、地下の食堂、または喫茶店に行こうとプランを立てていた。
そんなことを天歌に話していたら、地裁のエレベーター前で、全然知らないおじさんに「蕎麦屋、復活したよ!」と突然話しかけられた。
マジですか、おお!その時点で、まだ昼ではなかったが、俺は傍聴よりも、蕎麦が食いたくなって、一刻も早く地下に降りたくなっていた。
そして、12時。
裁判がいったん終わり、関係者が一斉に地下に降りてくる。
混まない内に蕎麦屋へ行こうと、天歌と急いでエレベーターを降りた。
おお、どこからともなく、蕎麦の香りがして来る。
うきうきしながら、俺と天歌は、蕎麦の風に乗ってゆらゆら揺れて行った。
「あった!これだ!んっ?あれ、なんか違う、これは以前あったカレー蕎麦セットのある蕎麦屋じゃない、ていうか、違う!違う!」
違う蕎麦屋になっていたことも驚いたが、違う!違う!と二回連呼する位、大きく驚いたのは、そこが「すき家」があった場所だからだ。
「えー!すき家がなくなってる、あれっ、いや、ない!ない!ない!」
さらに驚くべき光景を目にした。
ない!ない!ない!を三回連呼したのは、食堂もなくなっていたからだ。
「いやいやいや、あれもないんか!」
そして最後のあれもないんかは、なんと喫茶店までなくなっていたのだ。
「兄さん、あの、カレー屋さんみたいなのなんですか?」
天歌の視線の先には、かつてあった喫茶店が、カレー屋のような店になっていた。
「いや、でも、あれはあれで、美味そうやな、カレーもええな」
あっという間に、俺は状況の変化に馴染んだ。
「どうします?僕は蕎麦屋でもカレー屋でもどちらでもいいですよ」
その、どちらでもいい天歌の顔が、カレーが大好きな小学生みたいになっている。
「そうやな、カレーか、いや、でも、蕎麦屋にしよう、新しく出来た蕎麦屋、気になるやないか」
「ええ、じゃあ、蕎麦で」
天歌の身体の角度は、完全にカレー屋寄りだが、俺はそれを強引に、蕎麦屋へ誘導した。
ひょっとしたら、これもパワハラになるんじゃないのか。
「おお、ざるそば凄い量ですね~」
でも、蕎麦屋に入ったら、嬉しそうに天歌は食べていた。良かった。
「うん、食べ応えあるな、でも、昔あった蕎麦屋のカレー蕎麦セット、やっぱりあれが一番美味かった」
未練たらたら、俺は蕎麦をたぐった。
今、食べている蕎麦が美味いからいいではないか。
ちなみに、落語家ふたりが蕎麦をたぐる姿を見て、なんで、扇子で食べないのかと思わないで頂きたい。
「はらしょう兄さん、午後の部は13時からですね、次は民事裁判の傍聴に行きましょう」
お腹が満たされた俺と天歌は、一階にあるタッチパネルの「本日の傍聴の一覧」で、午後からの予定をたてた。
「どれ見ますかね~」
「損害賠償請求、あっ、このストーカー裁判面白そうやな」
まるで、映画館の入り口みたいなテンションである。
このあと、俺と天歌はいくつかの民事、刑事裁判を傍聴した。
「天歌の裁判、必ず、傍聴するからな」
「ありがとうございます!」
「法廷に、天歌と、三遊亭圓歌が二人いたら、落語会みたいやな」
「いやですよ!」
「圓歌、天歌、親子会!雪解けの会!」
「雪解けしてないから訴えるんですよ!」
「そうやったそうやった、楽しみに、いや、楽しみにしたらあかん、応援してるで!」
「はい!頑張ります!」
16時、その日のすべての裁判が終わって、東京地裁をあとにした。
桜田門の駅で天歌と別れたその数時間後、嬉しい知らせがスマホに届いた。
「やっと破門届が圓歌から落語協会に提出されました、師弟関係、終了です、本名に戻りました、ちゃんと落語協会には本名のまま籍は残ってます、兄さん、ようやく、第一歩がスタートしました!」
かつて、月面着陸をしたアポロ11号の乗組員、アームストロング船長の
「私にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな一歩である」
という歴史的名言を思い出した。
そしてこれは、
「天歌にとっては小さな一歩だが、落語界にとっては大きな一歩である」
 


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