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宮川的黒歴史懺悔帳

大道に学生時代のことを尋ねたら「ボーイッシュキャラでいわゆる女子の輪廻から遠い場所にいた為、誰とでも仲良く出来てた」とのこと。友達作りに困ったことがないらしく、まあ側から見たら充実したエピソードや思い出が多く「友達」「学校生活」の面においては、リア充な学生生活を送ったようで全く面白くな…いや、羨ましい。

私の学生時代は体育祭や文化祭、放課後の寄り道などとは全く無縁のものだった。

受験戦争とは恐ろしい。

私の頃は、今と違ってあまり誘惑が多くない時代ではあったけれど、終盤になるとあまりに机に着きすぎて、時々、頭の中に流れるドナドナを大声で口づさんでしまったり、傘についた雨粒を数えてしまったり、犬を無言で延々小一時間撫で回すなどと言う、ちょっと頭のネジが外れた状態になっていた。


そんなある日、年末年始の補習に関する調査があった。

私はやはりどこかおかしかったのだと思う。


その日の日替わりランチは「親子丼」だった。

MENUの黒板を見た瞬間、私の中に闇が宿った。

…先週も親子丼が出とったな…なんでこんなにも親子丼は市民権を得とるんだろうか…。

親子丼も大好きです


私はカツ丼派だァアアアア!!

丼コーナーにはあるカツ丼…!

あれが食べたい…!

でも、カツ丼くださいと言えない…!

周りの女子はおにぎり一個とかサラダとか、幼稚園児くらいの小ささの弁当しか食べてないのに、恥ずかしくて言えない…!

しかも、D判定のくせに食欲だけあるなんて!

だからランチくださいと言えることだけが、私がカツ丼を食べられるチャンスなのに…!

あぁ、サッカー部の子が羨ましい…!

カツ丼と弁当…!

ワイはカツ丼が食べたいんや…!


この時は職員室の先生方を結構心配させたそうです・・

私の脳内は崩壊していた。

「リクエストがあれば何でも記入してください」と最後の設問を見た瞬間、私はこう殴り書きをした。


受験なんかどうでもよい。カツ丼が食べたい。


その日、私は担任に呼び出された。


その後悩んでいる私に自分のポエムが載った学生時代の同人誌をくれた先生。
いまだに捨てられないのだが。


「カツ丼…食えばいいじゃないか…一緒に食おうか。資料室、来るか?」

「…食わないとやってらんねぇよなぁ…」


担任は丸めた古典の資料集で肩や机をポンポンと叩きながらずっと何かを言っていた。資料集は使い込まれていて、ページの全てが毛羽立って、角という角がなくなっていた。ふんわりとして仕立てのいい服を着ているおじいちゃんのような本になっていた。

私は号泣した。

こんなにもカツ丼が好きなのに、D判定しか取れないなんて(バカ)

カツ丼に申し訳ない気持ちがあったのは間違いないが、それよりも「ジェンダーや他人を気にしてカツ丼が食べられない弱い自分」が情けなかったのだと思う。それは進路や家族や諸々に関してもそうだった。

「女の子」は、生理痛があって、あんまり食べなくて、でも甘いものが好きで、勉強よりも愛嬌で、あくまでも貞淑でなければならない。男の人より多少バカでなくてはいけないくて、教えてもらえることは素直に聞かなくちゃいけないし、間違いなんて指摘しちゃいけない。

そんな自分が思い込んだあるべき女性像とは正反対の自分が苦しく、皆に対してぶりっ子というか自分を偽っている気持ちがしていたのだと思う。
(数十年前の田舎でも体験談です)

今思うと馬鹿馬鹿しい話なんです


嗚咽する私を見て、古文の教師だった強面の担任は私にこっそり机の引き出しから「某ヒーローの図鑑」を取り出した。俺は本当は古文なんかじゃなくてこっちの方がよっぽど好きなんだ。でも、古文を学んだからこそ、これをより深く好きになったんだと。


もちろん、私が情緒不安定になったことはじんわり他の子にも伝わっており、若干不登校になりかけたが、幸いにも前期で合格を果たした私は、別の意味のバカになった。

この時が人生で一番頭がよかった


なんで、こんな話を書いたかというと、友人から「宮川、今年同窓会来れる?お前、行方不明者って言われてるぞ」と言う連絡が来たからだ。

行きたい気もするけど、あの時の精神状態を説明出来る気がしない。そして、来年3月に公開予定の某ヒーロー映画を見てから先生に会いたい気もする。

そんな逡巡を繰り返した今日の日記でした。

それでもやっぱりカツ丼が好き。


 


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