見出し画像

教室のキセキ①

帽子をとった、男の子の話


みなさん、こんにちは。
いづみです。

私は長い間、高校教師をしていました。
高校生との生活は、小さな奇跡の連続です。
その記憶のひとつを、紹介しますね。

その日の時間割の最後は、LHR(長いホームルーム)。
当時、私は卒業を控えた3年生の担任でした。
ほとんどの生徒の進路がきまっていた、3学期のことです。

めずらしく進路系のガイダンスや集会もなく、久しぶりにクラスで好きにしていいLHRでした。

「先生、おかパーしよう」
「おかパ―?」
みんなでお菓子をもちよって、パーティーをすること。

外は寒いし、グラウンドでスポーツとかも、もういいよねー。
40名の18歳は、みんなまったりしています。


「今までみんな進路で忙しかったし。卒業の思い出にいいかもね」
私もそう答えました。
「先生は、なにもしなくていいよー。明日はおかし、一緒に食べようね」

あらぁ、嬉しい(笑)
お菓子もだけど、なにもしなくていい、というところが。


お菓子をもってくる以外、計画らしい計画もなく始まったそのパーティーは、思いのほか楽しい時間になりました。

みんながあっちこっちで適当にグループを作って、ポテトチップスやじゃがりこなんかをつまんでいます。机にお菓子があふれている。
男の子も女の子もごちゃまぜで、いろんな話で盛りあがっています。

お笑い芸人のこと、バイトのこと、恋バナ、自錬に新しい髪型、そのほかどうでもいいこと、などなど。

教卓でなにかの仕事をしていた私のところにも、何人かがたくさんお菓子をもってきてくれて、ちょっと話しかけては、また席に戻っていくのです。


外は晴れ。窓の向こうに広がる青空。
目の前にはお菓子と紙コップ。
6校時まるまるの自由時間。
みんなは勉強なんかしなくていい。
私も、古典文法なんか詰め込まなくてもいい。


なんて、すてきなのでしょう。


その時、トイレから戻ってきたやんちゃぼうずの健太が、急に教壇に立ちました。
「ごめん、みんな。ちょっと聞いて」

クラス中が、なになに、と楽しそうに前を見ます。
私も、なになに、と彼を見ます。(また、何かいたずらでも?)

「あのさ。これから俺たちの友だちがさ、あることを卒業するから。だからみんな、お願い。あたたかく見守ってほしい」

健太は再びダッシュで戻っていきました。
教室の「がやがや」が、にわかに期待を帯びた「がやがやがやがや」に変わります。
何かがはじまる……。そういう、ワクワク。



いつもの、いきなり一発芸? それともほかの何か? えー、なにするの?
お祭り好きの彼らが、一番好きな雰囲気です。

しばらくして、健太は一人の男の子を連れて戻ってきました。
見覚えのない、でもなかなか素敵な子です。
女子が急にざわめきだちます。
「だれ?」
「ほかのクラス?」

みんなも私も、しばらくその子を見ていました。
健太は何も言いません。
でも、やがて、何人かの女子が口に手をあて、男子が目を丸くしはじめました。

えっ……。たかし?


ひそひそと声が響きます。

たかし?


私は思わず、その男の子の顔を、まじまじと見ました。


ほんとだ。たかし……だ。

ついさっきまで、いつものように帽子をかぶっていた、たかしだ。

学校でも部活でも、教室でも家でも、クラスの記念撮影の時でも、決してそれを人前で脱ぐことはなく、もう10年以上もずっと帽子をかぶり続けてきた、たかし。

小学生の時、重度の脱毛症を患って以来、毎月大学病院に通いながら、
治療を続けてきた、明るくサッカーの上手い、たかし。

そのたかしが、今、初めて帽子を脱いで、みんなの前に立っているのです。私は2学期の終わりごろに、たかしと話したことを思い出しました。掃除の時に、彼は小さな声で嬉しそうに言っていました。
「先生、最近薬の効きがいいってば。ちょっとずつ髪が生えてきてる」

後で聞いたのですが、この半年で彼の病気は急に回復の兆しを見せ始めていました。少しずつ伸びてきた髪を、たかしは抜けないように、毎日そっと大切にかし続けていました。

「もう普通の人と変わらないよ。やっと治った。よかったな」
年末に病院の先生が、たかしの頭を優しくなでました。10年以上続いた長い治療生活は、こうして幕を閉じました。

最近、はじめてメンズヘアサロンを訪れたたかしの髪を、美容師さんは「男の子にしては、艶のあるとてもきれいな髪だね」とほめてくれたそうです。そして、さらさらと流れるたかしの髪を活かした、人気のスタイルにカットしてくれました。

それは、清潔な顔立ちのたかしにぴったりの、本当に素敵な髪型でした。



卒業前に、みんなの前で帽子をとりたい。
ずっとそう思いながらも、勇気を出せずにいた、たかし。
でも、今日お菓子を食べながら、みんなの「がやがや」の中で笑っているうちに、ふと、思ったそうです。

「おれ、今日ならいけそう」

決心したたかしは、健太を呼んでトイレに行き、鏡の前で帽子をとると恥ずかしそうに聞きました。
「俺、変じゃない?」
その後も、何度も何度も。
一生懸命はげます健太に背中を押され、今、たかしはみんなの前に立っていいる。



その子がたかしだとわかった時、あまりにもびっくりした私は、最初は声がまったく出ませんでした。すごく熱い何かが胸に込み上げてきて、気がつくと涙が流れていた。


しばらくして、私は立ち上がりました。そして両腕を広げ、私よりもずっと大きな、18歳の男の子のたかしを抱きしめました。娘たちがまだ幼かったころ、よくそうしたように。たかしの背中が、びくっとこわばりました。次の瞬間、たかしは肩をふるわせ、静かに泣きはじめました。


誰かが手をたたく音が聞こえました。一人、二人、十人……。教室中に拍手が広がっていきます。


やがて、いつもは冗談ばかり言っている大輔が前に出てくると、鼻をすすりながら、照れたようにたかしの背中をぱんぱん、と叩きました。
大輔はひと際大きな声で言いました。

「先生、校歌歌おう!」
どっと笑い声がおきます。
「なんで、校歌?」
泣き笑いの私の声にかぶせるように、誰かがスマホで校歌を流しはじめて、そしてまた、爆笑がおきました。
ティッシュを手にした女子が、笑いながらさけびます。
「なんで、校歌がYoutubeにあるのー」

本当に、どうして校歌なんかが、Youtubeに(笑)。
でも、あの時肩をくみながら、校歌を歌っていた生徒たちとたかしの姿が、8年という時間が過ぎた今でも、私の記憶に鮮明に残っているのです。


高校生。
彼らと一緒に過ごしたたくさんの時間。
何気ない毎日。
何百ものあくび。

でも、ふとした時に思います。
この国には、まだ、たくさんの宝があふれている。

読んでくれて、ありがとうございます。
みんな、またね。

with lots of love
いづみ


この記事が参加している募集

仕事について話そう

サポートして頂いたお気持ちは、みなさんへのサポートとして還元させて頂きます。お互いに応援しあえるnoteにしてけたら嬉しいです!