32.サボり娘の担任

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いくら私が不良娘でも、夜遅くに町をうろつこうとは思わなかった。
私も朝子同様に家にいたくないという気持ちは強かったけれど、自転車が乗れなかったのもあるし、バレたらもっと面倒くさいし、出不精だったのもあるかもしれない。

私の自堕落なズル休みも、朝子の家を抜け出す件も、おそらく担任の先生は気付いていたけれど何も言ってこなかった。
先生は30代前半の男性で、まぁ爽やかな方だった。
けれど依怙贔屓がすごかった。
鈍感な私やクラスの男子たちでさえ「あの子は先生のお気に入りなのだな」と分かる程だった。

その”先生のお気に入り”の女子たちはいつも教卓に群がって、先生を取り囲んでいた。
でも彼女たちの方が教師よりもよっぽど大人だった。
「先生は機嫌いいと宿題も少なくて済むしねー。
班決めも自由にやらせてくれるし、テストの丸つけもサービスしてくれるもんねー」
と話しているのが聞こえてしまった。

私や朝子は”先生のお気に入り”ではなかったので放置されていたようだ。
おかげで私はどんどんズル休みするようになったし、朝子も夜の徘徊をやめる事はなかった。
朝子は胃腸が弱い方だったので、寝不足だと胃が痛いのだと言ってしょっちゅう保健室に入り浸るようにもなっていた。


四年生に上がっても、担任も持ち上がったので変わらぬ自堕落な生活は続いた。
ある日、両親がストリップ劇場の巡業でいない日に、家に朝子を招いた。
本当はこれもいけない事だった。
でも、きっと、私も本当は淋しかったのだと思う。
日が暮れてきて「そろそろ帰ろうかな」と言った朝子を、私はつい引きとめてしまった。
「今日、泊まって行けば?」と。

そこからはあまりよく覚えていない。
悪い事をしている罪悪感と、いつバレるかわからない緊張感で私まで具合が悪くなってしまった。
朝子も親に電話は入れたものの、”いけない事だ”という自覚はあったようで言葉少なだった。

どうやって夕食をとったのか、どうやってお風呂を済ませたのかも覚えていないけれど、2人並んで私の狭いベッドに入った時に
「家に帰りたくないって、子供にとっては大変な事だよね。
お金があるわけじゃないし、働けないし。
でも、帰りたくないの。
両親のケンカだけじゃないんだ、本当は。
兄貴が触ってくるの。
でもパパやママに言えないよ・・・
どこにも居場所がなくて、つらい」
と、か細い声で朝子は言うのだった。

まるで私たちは共犯者だ。
「いつか家を出て一緒に暮らそう。
二人一緒なら大丈夫だよ、ぜったい」
子供の私たちは、無力だった。
百年先にも思えるような遠い未来の話をして、生きる希望に変えていた。



つづく

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