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ep39 次のルート探索(笠捨山〜蛇崩〜瀞峡)

 現在村境のルート探索メンバーは11名の有志が集まっています。興味のある方々が自然に集まり、LINEグループで情報の交換を行なっています。現在3月末までの予定が決まっており、時間のある人が各々自由に参加できる緩いグループです。探索は初めて行く場所や難所も多くありますので体力、経験の多い方が多いですが、興味があり情報が欲しい方は参加する事ができますので申し出を受ければ追加させて頂きます。

 さて、次の探索場所ですが、村境の南東部になります。ここには前から時々登場する蛇崩山と茶臼山があります。この二つの山頂からはそれぞれ南西に伸びる尾根が伸び間に流れる立合川(タチアゴ)の分水嶺となっています。村境はこの川に沿って北山川に合流します。

立合川(村境)1番奥に見えるピークが蛇崩山でしょうか

 立合川を初めて知ったのは、鮎釣りに行った時の事です。この辺りは奥瀞と言われ、急流に揉まれた立派な鮎が釣れる所として地元では一際特別な場所として存在していました。簡単に近づく事ができず、このポイントまで行くには船が必要でした。近年になって国道の整備が進み、奥瀞へ行く事が容易になり船が無くても釣りに行く事ができる様になりました。丁度立合川の上に架かる橋から北山川に降りる道があって、私が初めてここに行ったのが13年前です。鮎釣りをしましたが、急流により3匹の鮎をラインブレイクにより流してしまったのを覚えています。腕の試される場所でした。12年前の紀伊半島代水害によって川が荒れてしまったので現在は鮎釣りをする人も少なくなってしまいました。

 その頃よく聞いたのが、「立合川はすぐ上流に大きな滝があって奥に行く事ができない。」「その滝では人が死んだ。」「綺麗で良い川だが、昔に悪さを働いた人が毒を流してアマゴが死滅した。」「奥には熊が居て、近づくのは猟師くらいだ。」などというマイナスイメージの川でしたが、調べていると沢登りを楽しんでいる方が多数いる事が分かりました。ただ、この渓谷は人が近づかない、、否、人が近付けない険しい場所で、水が作り上げた自然の造形が残る貴重な場所でもあります。現在はこの渓谷を1泊、もしくは2泊して登り切る方もいらっしゃいます。記録写真を見る限りエキスパート向けの沢登りです。

立合川にかかる国道169号線の東詰に入り口があります。
この木馬道はどこまで続いているのでしょうか?

今回予定のルート
 今回は傘捨山から蛇崩山へ辿り、蛇崩尾根と呼ばれている尾根を瀞峡まで行きます。スタートは葛川から郵便古道(逓信道)を笠捨山まで行きます。村境の真上に立てるのは笠捨山のみです。笠捨山から茶臼山へ向かえばしばらく村境を踏めるのですが、こちらの道はお預けになります。事前の情報では笠捨山の手前の地蔵岳へ行く人もいる様です。笠捨山から蛇崩山までは踏み跡もありそうです。蛇崩山から瀞峡までは長い尾根道になります。

笠捨山まで3.5時間が目標

 
 今回有難いことにこの辺りの詳しい情報を頂戴しました。蛇崩山周辺は木々に覆われ眺望が効きそうにありませんが、眼下はるか下に立合川源流があります。沢登りをされた方の記録によると源流付近は伏流となり、だだっ広い八丁河原なる場所が有るそうです。周囲は植林山でポツンと山小屋が現在も残る様です。また、かつて多くの人が住み着いていたとも言われ、大小幾つものお墓も有るのではないかと聞きました。墓は今までの記録で映像に見つける事はできませんでしたが、この辺りのちょっと小高い場所にあると想像されます。是非訪れてみたいですが、通常の山登りやトレイルランニングばかりしていたのでハードルが高そうです。

 そう言えば過去に瀞峡付近で海賊が船を隠して山中に潜んでいたと言う話を聞いた事があります。果たして海賊が隠れ住んだ場所なのかそれとも。。

 十津川村には過去の幻影を思わせる場所が点在し、有識者から情報を頂くことで、村境辿る楽しみが数倍に増えます。有り難い事です。そして、飯場(山小屋)があれば道があったでしょう。ここへは葛川から炊き(かしき)に行った方々が蛇崩尾根道から通ったはずなので、下り口があるか確認しながら進みたいです。

 尾根を下り切ると東野(とうの)と言うかつての集落跡地付近に到達し、そこから筏師の道で田戸集落を目指し瀞峡をゴールとします。

東野から伸びる尾根道の延長に大森山が見えます
この橋の下で村境は直角に曲がり、写真奥へ伸びます

 中々の行程ですのでまだまだ体力不足の私には荷が重いかも知れません。前回の千丈山より優しくあって欲しいです。今回は私よりも数倍優れたルートファインダー、焚き火の兄貴が同行しますので、無理せず楽しみたいと思います。

帰ったらまた報告します。

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