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【掌篇小説】紛らわしい隣家

  とある北関東某市のマンションの203号室と204号室はともに鈴木さんのお宅であった。この辺りは東日本ということもありなかなか鈴木が多い。
 2022年9月某日の夕刻、日もすっかり暮れようかというところ、203号室の鈴木さんはとぼとぼ北の方角から我が家に帰ろうかとしていた。もうじきに着くというところで見上げたその住みか。彼は少し驚いてしまった。見れば観たことのないようなギンギラギンな金色の女性下着がそのベランダに干してあるのである。
「間違えたかな……」
 鈴木さんは己の視認したベランダが隣家のそれでないかと疑った。駅前で酒を少しひっかけたので軽く酔っている。律儀な彼はそのまま住宅には入らずに、自分の認識を責め、あれが本当に我が家か疑ったのである。
 そこへもう一人の鈴木さんが南の方角から帰ってきた。この鈴木さんは204号室の鈴木さんである。見れば隣家203号室の鈴木さんがじっくり目を凝らして、あろうことか、マンション二階、我が家らしきベランダの下着を見つめている。

「わっ」
 と、この時。後からきた鈴木さんは先の鈴木さんに言った。
 とたん、「わわわっ」と、先に下着を見つめていた鈴木さんも重ねて言った。
 ふたり、道で話せば、その鈴木さんのベランダに干してある下着はなんだかどうやら、204号室の愛妻のもののようなのである。物が家のモノであるだけにじっくりとは観ることができない。が、その形状を先の203号室の鈴木さんに聴けばますますそれはそうなのであった。しかしながらふたりとも確証が持てない。
「その下着は赤いブラジャーでリボンが…」と、先に目撃した鈴木さんがその形状を説明しようとする。するとたちまち別のご近所さんがあたりを通る。    
「うわあっ。やめろおっ」後からきた204号室の鈴木さんが鈴木さんにその先を話すのを静止した。しばらくしてふたりは路地の真ん中でかがみこんでしまった。

「どうする?」
「どうする?」
「こうしよう!」
「こうしよう!」

 ふたりは考えがまとまるやいなや、思い浮かべた内容を互いに話すことはせず、手を繋ぎながらエレベーターへと入っていくことにする。元々は隣家同士、このご両人はとても仲が良いのである。天気の良い休みの日にはふたりしてキャッチボールをしたりすることもあった。いつものように我が家の近くまで廊下を一緒に歩いた。

「では失礼」
「では失礼」
 双子のように話し言葉、挙止を同じくして、ふたりは互いに説明することなしに阿吽の呼吸で、互いに別々の部屋へとドアを開けるや否や、勢いよく同時に入っていった。

「ぎょええええ」

 どちらかの号室からだけ、この悲鳴が当たり前のように聞こえてきた。通りすがりの先のご近所さんがその悲鳴を聞き届けたのである。よく聴けばフライパンのような鈍器で頭をしこたま叩かれた音もする。しかしながら叩かれたといえば、どちらの鈴木さんかはよくわからない。

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