【南ドイツ新聞】対日論評記事和訳【2022年7月11日】

安倍元総理殺害と参院選での自民党大勝を踏まえた、ドイツのリベラル系全国紙・南ドイツ新聞の論評を試訳してみました(試訳のため質のほどはご了承ください。)原文はこちらです⇩

暗黒の夢 (ハーン特派員)

参院選での大勝利にもかかわらず、保守派は不確実な時代に直面している。思想的支柱である安倍元総理の殺害は、この国にどれほど不穏な空気が渦巻いているのか、そして、どれほど多くの変化が早急に起こらねばならないかを伝えているのだ。

喜びと悲しみ、成功と不安。日本の保守派にとって今は複雑な時だ。一方では、彼らが推す自民党は、参院選で他の右派勢力と合わせて、平和憲法の改正推進を可能とする3分の2の多数を獲得したばかりだ。こうして、彼らの昔からの夢は実現しつつあるのだ。

他方で、思想的支柱である安倍元総理が銃弾を受けて殺害されたばかりでもある。それも、暴力的な極左ではなく、失うものなど何もないと感じた元海上自衛隊員の手によってである。悪夢が現実のものとなったのだ。

ナショナリストの支配階級の成功? あれほど褒めそやされた日本国民の中から起こった暗殺事件? 一体どうすれば辻褄が合うというのだろう?

これらの問題に真摯に向き合えば、自民党は今よりも良い党に、そして日本は今よりも良い国になれるかもしれない。だが、自民党はその問いの答えを恐れている。振り返り、過去を省み、批判的に自己を問い直す――これは、基本的に自らの誇りや経済しか重視しない人間の得意とすることではないからだ。

復讐の動機はフラストレーション

今回の場合、自民党の幹部、特に安倍元首相は、常に国の威信とカネのことばかりを考えるあまり、多くの国民たちの苦しみを見落としていたのではないか、という疑念が浮かぶのだ。いずれにせよ、人を殺してはならない理由を見出せなくなった日本人は、死の狙撃手・山上徹也が初めてではない。最近、刃物男や放火魔が、単にフラストレーションを理由に復讐に走るという物騒な事件が多発している。なぜだろうか?

これについて、日本ではこれまでさほど公の場で議論されてきていない。人々はより明白な問題、特にセキュリティの欠陥について議論をしたがる。勿論、それはそれで重要な点だ。大和西大寺の駅前広場で選挙演説をする安倍元総理のセキュリティが穴だらけだったことは明らかだ。だが、それでは、普通の日本人が武器を作り、それを持って敢えて会場に足を運び、母がとある宗教団体に多額の献金をしたことに責任があると考えて、何の呵責もなく1人の人物を射殺したことの説明にはならない。

日本は集団社会だ。各自がそれぞれの務めを果たすことで、全体としてうまく機能し、誰も迷惑を被らない。規律の正しさにおいて日本は他国より優れている。日本では比較的スムーズに暮らせる。だが、日本で暮らす人の多くは、集団社会に奉仕するための自身の務めにしか関心がなく、社会的な議論やマイノリティ、隣人といったことには興味がないのだ。

人と違ったり、失敗したり、ルールやヒエラルキーに適応できない人は、日本というシステムの中では、とても早く、とても孤立してしまう。個人的な苦しみや悩みを相談できる逃げ場がほとんどないのだ。神道の国・日本のモラルは、不思議と曖昧だ。そして自民党率いる国は、これまで、社会問題、社会の分断といったものを殆ど気に掛けてこなかった。このようにして社会に冷たさが生まれる。その中で、生きる意味を失う人もいれば、危険な思想を抱くようになる人が出てくることもある。

危険な隣人たち

したがって、日本政府は、安倍元総理の殺害を、国民のことを顧みる機会として捉えるべきである。国民の生活はどうだろう? 国民は何をしているのだろう? 何が必要なのだろう?国民が必要としているのは、本当に、平和憲法の改正と防衛費の倍増なのだろうか?と。

ちなみに、最後の問いに対する答えは、必ずしも「No」ではない。世界は今不安の中にある。ロシアによるウクライナ侵略は、権威主義国家が信頼できないことを示した。中国や北朝鮮の隣国である日本には、信頼に足る抑止力が必要だ。そして、日本の防衛省は、今すでに武器調達で平和憲法に抵触する危険を冒している。

しかし、もし本当に憲法改正が実現すれば、この右派政権もいよいよ痛みを伴う問いに向き合わざるをえなくなる。ミサイルを手に入れれば、より大きな責任を負うことになるからだ。長年、自民党政権は、第二次世界大戦における日本の侵略者としての側面をしっかりと省みようとする意志を示してこなかった感がある。だが、この侵略者の側面こそが、戦後日本が平和主義憲法を自らに与えることになった原因なのだが。そして、今やその憲法は変更されようとしている。この姿勢を変えねばならない。さもないと、日本の苛烈な植民地支配のもとで苦しんだ中国や韓国の目には、改憲は挑発と映るだろう。

相手の気持ちに心を向けること。これは国内外どちらにおいても大事なことだ。日本は国際社会の重要なパートナーである。だからこそ、右傾化の進行は、消えつつある中道左派の野党にとっての問題だけではない。だが、自民党政権は、この悪いイメージは間違いだと反論することができる。安倍元首相殺害の包括的な検証は、その端緒となるだろう。

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