【小説】テクノロジーを語る勿れ【第39話】

 他の車の出入りで車内をヘッドライドの灯りが差し込むことのないよう駐車場の入口から奥の方まで車を走らせ、手前の橋の下を垂直に流れる川へと向かう恰好で、他の車との距離を保ちながら停車をした。少し離れたところで街灯がそのふもと周辺を優しく照らし、微かに社内まで届くその灯りとカーオーディオのディスプレイで辛うじて互いの顔の表情をうかがい知ることが出来る。
 サイドブレーキを引いて靴を脱ぎ、運転席の下側のレバーを掴んでハンドル側へと寄せるようにスライドさせると、広木は座席のヘッドレストを取り外した。助手席の亜美からその様子を突っ込まれる間を与えないように手際良く、後部座席とフラットな状態に繋がるように運転席のシートを後方へと倒した。サイドゴアのプレミアータを丁寧に脱ぎながらフラットにしたシートの上に座り直す。

「そっちも倒すから上に上がって」
「何で倒すの(笑)」
「フラットにしたらこうして足を伸ばせるじゃん?」
「ふーん」
「こうした方が寛げるかなと思って」
「それはそうかも知れないけれど。何するの?」
「特に何も。フラットに繋がる車種とそうではない車種があって、こいつは繋がるのだと言いたかった(笑)」
 こちらの理屈の通ったようでそうでもない、突拍子も無い打診に対して怪訝そうな表情を見せながらも、亜美はそれ以上は何も言わずに言われるようにブーツを脱ぎ、広木が促したように運転席側の後部座席へと身を移した。運転席と同じように助手席を前方へスライドさせ、ヘッドレストを取り外して座席のシートを後方へ完全に倒すと、後部座席に背中を預けながら大人二人が優に足を伸ばせるほどの空間が出来上がった。

「意外に広いでしょ?」
「そうだね」
 助手席の後部から前方へ足を伸ばしながら亜美の手を取り手間へ寄せると、亜美もスッと腰を上げるようにしてそれに応じた。何をしようとしているのだろう?といった面持ちで広木の表情を窺う。もしかしたら亜美は雰囲気に飲まれやすいのかも知れない。そう見て取った広木もリードするように亜美の表情を覗き込む。顔を寄せると亜美が顎をこちらへ差し出すようして目を閉じた。軽く唇を重ねて顔を離し、改めて表情を窺うように無言の視線を送る。
 このまま流れに身を任せて良いのであろうかといったところか、亜美が居心地悪そうに視線を逸らす。そのまま躊躇したままでいると変に気不味くなるではないかと、広木は体を傾けて亜美の方へ覆い被さるように片方の腕を背中へ回し、今一度亜美の口元へと唇を重ねて舌先を奥の方へと差し込む。呼吸を整えながら混ざり合う吐息を溢さぬように、それを受け止めるように、亜美も広木の肩に手を掛けながら静かに応じた。

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