雪のない冬
空気はすっかり冷え込み、白っぽい満月が空の高いところで煌々と輝いていた。人気の薄れた住宅街は屋内から漏れ聞こえる遠い団欒だけが彩を発している。
モノクロにすら思える細い通りを歩くわたしの両腕には足が通され、コート越しには薄っぺらな彼女の身体の気配を感じる。そしてなによりも、
「重い」
わたしの漏らした声に背中の影がくつくつと笑いだす。
「なにせ二人分だからな」
威張り散らして言うことか。少女を背負い直してため息を吐くと後ろから回された細い腕が少し強く絞められる。
「ごめん」
「気にするな」
今更だ。散々と無茶苦茶に巻き込み、家計を圧迫し、わたしの人生を掻き乱しておいて、その程度で謝られても背中がむず痒くなるだけだ。
はあ、と吐き出された少女の呼気が白く昇っていく。ちらりと後ろを向くと赤く染まる耳を視界の端に捉える。
「寒くないか」
「寒い。すごい寒い。早く帰ろう」
捲し立てるような答えと共に吐き出された彼女の息の白を追う。薄雲の掛かった星の少ない空。その真ん中にわずかに朧な月が浮かぶ。
「冬だなあ」
まだ雪は見ていないけれど。ぽつりと零したわたしの呟きに降らんでいいと口を尖らせる少女は背中の上を器用に這い回り、ずいと顔を出してくる。
「今夜は鍋にしよう。それから長風呂をしてアイスを食べる」
決定事項のようにうきうきと話す彼女の冷たい頬が顔に当たる。止まない話し声の熱と振動が睫毛の付け根をこそばゆく過ぎていく。
「そんな材料はないし、お前を背負って店なんか入れん」
突き出した頭をどうにか離した片手で押し戻し、温かい風呂だけは思い描く。自然と足の動きがせせこましくなる。
「ああ、重い」
ぎゃあぎゃあと後ろで騒ぐ声を無視してぼやく。残りは声にせず、心の内で。
でも温かい、と。
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