ふわんふわんの髪の毛に、さようなら。
次男の髪を、切らねばなるまい。
生まれてから、ずっと伸ばしてきた髪の毛。
ふわんふわんの毛先。
顔を近づけると、サラッとした髪の集まりが頬にあたって心地良い。
毛量が少なく、伸びても伸びても髪が多い感じがしなかったので、どこまで伸ばせるか限界を探っていた。
だが、そろそろお別れのようだ。
新生児からの手触りは、切ってしまえばもう味わえない。
ふわんふわんの毛を撫でて、頬ずりすることも、きっともう一生ない。
そう思うと、ちょっと惜しい。
長男のときは、この赤子特有のふわんふわんの毛が、切ると永遠に失われることも知らず、いともあっさり切ってしまった。
髪質は、変わるんだなあ。
きゅきゅっとした丸頭の長男を撫でる。
長男はもともと太い直毛。
漆黒の髪が、もりもりと生える。
毛量からみて、どのみち1歳までに切らないで過ごすのは無理だったろう。
1歳の頃から、家でわたしが切っていたが、一度美容院に行ってからは、私に切られるのを嫌がるようになった。
「お母さんがやると、ハサミが痛いん」
ごめん。
すきバサミがひっかかるので、力任せに引っ張っていたのだが、それが痛かったんだろう。
やはりプロに任せるのがいい。
仕上がりも、ぱっつんズダズダにならないし。
長男はおとなしいので、美容院でも安心だが、暴れん坊の次男は無理だろう。
しばらくわたしが切らねばなるまい。
YouTubeをつけ、新聞を敷き、その上に木のこども椅子を乗せる。
この量なら、ケープはいらないだろう。
ハサミも専用のでなくていいや。
またもめんどくさがりを発揮しつつ、次男に「髪切るよ〜座ってな〜」と声をかける。
静々と座ってテレビを見るも、おや?
何かを察知している。
しきりにわたしの方を伺い、手に持っているハサミを覗き込む。
お前、何かする気だろう。
そんな疑いの視線を感じる。
まあまあまあ、とやんわり笑ってテレビの方を向かせる。
まずは、切る前に写真をパシャリ。
切ってしまえばおさらばの、この無造作に伸びたお毛毛を撮っておく。右と左と後ろから。
よし、それでは入刀。
もみあげのあたりをそっと持ち、しょりしょりっと切る。
軽くて少ないように見えて、指で持つと意外に量がある。
切った途端、はらりと数本の細い毛が肩につく。全部を指で持っていたつもりだったが、やはりケープが必要か?
しかし次男も振り返り「何した?何した?」と覗き込むので、今更ケープをつけるのは無理そうだ。
ええい、服に髪の毛がつくくらいなんだ。
そのまま、しょり、しょり、と切っていく。
指で持てた分は、落とさないようそばのゴミ箱に入れる。
はらりはらり、と束で落ちていく髪の毛を見ていると、ちょっと寂しい気持ちになった。
お別れだね。ふわんふわんの髪の毛。
写真でも撮るか、ひと束だけ取っておくか一瞬迷ったが、やめた。
わたしは次男の髪の毛が愛おしいのではない。
次男に生えていたから愛おしいわけで。
髪の毛だけを、箱に入れてとっておいても、きっとそのまましまい込むだけだ。
だから、やめた。
右のもみあげを終え、そのまま襟足を切る。
不揃いに伸びた毛は、場所ごとに長さが違って、「ああ、生まれたときのまんまなんだな」と思う。
襟足を一部そのままにしようか悩んだが、涎掛けやエプロンを止める時によくひっかかって痛そうだったので、それもスッパリ諦めた。
左のもみあげを切ろうとすると、次男がガタンと立ち上がった。
さっきから何してくれてんねん。
そんな訴えがあるようで、う、あ、と何か言いたそうだ。
「もうちょっとやから、おいで、おいで〜」と甘い声をかけ、渋々座らせる。
一番大好きなYouTubeにしてやり、急いで左のもみあげ部分にとりかかる。
すばっと数センチを一気に切ってしまって、まっすぐ不自然な感じになったが、耳にかければ問題ないだろうとそのままにした。
最後に前髪をほんの少し切って、終わり。
次男の初カット。
次男は5分。
少しのつもりが、ゴミ箱にはけっこう髪束が落ちていて、次男自身の印象もすっかり変わった。
アフターの写真を急いで撮る。
*
我が子の髪を切るというのは、すこぶる親らしいと感じる。
ある友人は面倒だから坊主にしたと言っていたし、ある友人は旦那と揃って毎月切ってやると話していた。
髪を伸ばしたい子や、結びたい子もいるだろうし、小さい頃から、美容院に行く子もいるだろう。
それぞれだろうが、どの子もはじめはふわんふわんの髪の毛が生えていて、そして親が切ったり手を加えたりしながら、すくすく大きくなっていく。
自分の髪でもないのに、けっこう伸びてきたなとか、どう切ろうかと考えるところが親っぽい。
ゴミ箱の髪をよく眺め、新聞紙を片付けて、次男の散髪デビューは幕をおろした。
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