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自分だからこそ教えられるものを打ち出していきたいーー本荘悠亜先生(2)

前回に引き続き、クラシックピアニストの本荘悠亜先生をご紹介します。今回は、ご自身の演奏が飛躍的に変わるきっかけとなったお話や、指導者として生徒さんに接するときの思いなどを伺いました。(第1回の記事もぜひご覧ください)

本荘悠亜先生

全部捨てて、ゼロから組み立て直す

――本荘先生は大学卒業後、一度はピアノから離れて、一般企業で働き始めたそうですが、またピアノの道に戻られたのは、どのようなきっかけからでしょうか。

自分がピアノを専門の仕事にしようと思えたのは、ある先生との出会いがきっかけでした。ピアニストの黒木洋平先生です。黒木先生に出会ってから、練習方法が変わり、演奏も大きく変わりました。

――黒木先生に出会う前はどのように練習をされていたのでしょうか。

それまでは、自分の悪いところには目をつぶり、できるところばかり見ていました。徹底的に練習していなかったともいえます。指の使い方の正しい技術など、そうした細かいところまで、きちんと理解していなかったのだと思います。

音楽性という面では、実はぼくはあまり悩んでいませんでした。どちらかというと自信をもてている方で。でも、それは悪くいえば、主観的で一人よがり。周りにどう聞こえているか、客観的にみないといけないのに、それができていなかったのです。

――黒木先生からは、具体的にどのようなことを教わったのでしょうか。

一番は、何といっても「体の使い方」です。ピアノを二十年間やってきたので、ある程度自分の形というのができ上がっていました。でも、いったんそれを全部捨てて、体の使い方をゼロから組み立て直しました。心技一体というのでしょうか、自分の場合は体の問題が大きかったのです。メンタル面のこわばりも、結局体が自由に使えていないことが原因でした。

黒木先生の教室で、2~3時間、股関節のマッサージなどの施術をされて、座り方を見直したり、骨盤の位置を確かめたり。そうやって1音も出さずにレッスンが終わったこともありました。でも、体の使い方を組み立てなおすと、自分の中では全部解決したのです。

――なんだか魔法のような話にも聞こえますね。

魔法というほどではないです。自分の座り方がまずいなんて、そんなところに目がいっていなかった。でも、そこを直すと、全然別の問題が解決するということがあるのです。

――具体的にはどんな問題が解決したのでしょうか。

自分の場合は、音の硬さが課題でした。うまく脱力ができていなかったのです。フィンガートレーニングもやっていましたが、そういう末端のことではなく、体の中心軸を意識して体を使うとか、体重をどうのせるかとか。そういうことを一つひとつ見直していきました。

それまでも、体の使い方を自分なりに考えなかったわけではありません。でも、きちんと教えてくれる人がいなかったのです。正解がわからなかったからなおざりになっていた。正解がわかれば、怖くないですよね。

――それで、演奏にどんな変化が現れましたか?

まず、テクニック的に変わりました。今まで弾けなかったところが弾けるようになり、さらに、弾いていて体が疲れるとか、体が痛いということがなくなりました。それまでは、体に無理をさせていたのですね。

そうすると、今度は自分本来の音楽性が、演奏に出てくるようになりました。自分のイメージに近い音が出せるようになる。そうなってくると、もう弾くのが楽しくなる!自分のイメージが実現できるんだったら、もっと極めていきたい、という気もちが沸き起こってきました。

自分にはやはりピアノしかなかった

――やっぱりピアノの道でいこうという決め手になったことはなんでしょうか。

決め手は二つあって、まず、ピアノを教えるということにずっと興味があり、それを自分の一つの軸にしたかったというのがあります。プロの指導者と名乗れるレベルになりたいと。もう一つは、会社勤めを経験する中で、個人としてのオリジナリティを仕事に繋げていきたいと気づいたことです。2社目に就職した会社はアットホームな雰囲気で、楽しく勤めていましたが、少人数ゆえの忙しさもあり…。会社で何かをやるより、個人として活動して、自分の価値を高めながら仕事をしていくほうが、確実に向いているだろうなと気づいたのです。

総合して考えたときに、長期的に取り組もうと思えるものは、やはりピアノしかなかった。ドイツ留学という選択肢もありましたが、ちょうどコロナの感染拡大と重なり、当時25歳という年齢も考えて、国内で2年間学べる大学院を選択しました。

――現在はピアニストとして仕事を始めて1年目。いろいろな活動をされていますが、ご自身のなかで手ごたえを感じているのは何でしょうか。

それは、やっぱりピアノの指導です。自分がやっていて楽しく、かつ相手に価値を与えられると思うのは、指導をしているときです。4月から、新しい教室を始める準備をしています。友人の会社の新規事業として、音楽教室を作る予定で、そこにぼくも加わっています。今後も指導の比重は増えていくと思います。

演奏会のプロデュースは、チャレンジも含め、少し無理をしながらやっている感じです。1年目だし、やってみて、失敗から得ていこうと。ステージでの演奏は、気力、体力を使います。活動の一つとしてやっていきたいですが、今の自分には、週に3日も4日も本番があるのは、正直厳しい。

本番で平静を保って聴いていただけるような準備は、整えられるようになってきたなと思います。今度、浦和の老人ホームでミニコンサートを行ったりもしますよ。

――お話をうかがっていると、「弱さを見せない」ということが、できてしまうのだなと思います。

自分の性格がそうなのです。人と話していても、言おうと思ったことを飲み込んでしまう。なかなか自分を出すことができない。都合の悪いことを隠したくなる、というところはあると思います。音楽家としてはそれくらいがいいのかな、とも思いますが。

2024年2月の演奏会後、スタッフの皆さんと。左から2番目が本荘先生

ピアノを弾いて楽しいと感じて、生きていく喜びを増やしてほしい

――指導者として教えるにあたって、生徒さんにどういう思いで接していますか?

うまくなりたいという子に対しては、自分と同じような思いを味わわせたくないと思っています。うまくいかないことを、自分のせいにしてほしくない。その子に適した指導方法というのが、必ずあるはずです。後もどりをしなくてすむように、自分の過去の失敗を生かして手を打とうというのは、すごくありますね。

みなさん、ピアノを習う動機はさまざまですが、ぼくの場合は、ある程度ピアノを弾けるけれど、何かにつまずいて悩んでいるという方に、一番アプローチできると思っています。指は動くけれど体がすごく疲れるとか、音楽が生き生きしてこないとか。これまでもの指導経験でも、そういう方にとても感謝されますし、繰り返しレッスンにも来てくださります。

一方で、ピアノの世界にどっぷりはまっていると気付かないのですが、別にピアノがうまく弾けることは、世間一般的にはそれほど重要なことではないとも思っています。その子がほかに大切にしていることがあるなら、それはきちんと尊重したい。大切にしているのはゲームかもしれないし、スポーツかもしれない。ピアノという芸術はすばらしいとか、ピアノは練習すればするほどいいとか、そういう価値観は植え付けないように、気を付けています。

ぼくの場合は、たまたま小さいころに出会ったピアノにどはまりしたので、お稽古として弾く曲も含め、どんな曲も好きでした。クラシックの響きは神々しいというか、本当に神様が与えた調和というものがあると感じます。そういうことに、どこかで気づいてくれたら嬉しいな、とは思いますが、それを押し付けるつもりはありません。

――お子さんの中には、自分がやりたいのかどうかもわからずに教わっている子もいると思います。

ピアノを練習しないのは、何か理由があるはずです。その子の波長に合わせて、ピアノがうまくなり、達成感を味わえるようにする。「何のためにピアノを弾いているのだろう?」と思うのは当たり前で、ぼくも突然毎日サッカーの練習をさせられたら「何のためにやっているんだろう?」と感じると思います。だから極論、ピアノを弾く意味や目的は、特にないと思っています。ただ、合う人にとっては、それがないと生きていけないくらいに、とてつもなく魅力を感じさせるものであることは確かです。

最終的には、ピアノを弾いて楽しいと感じて、生きていく喜びを増やしてほしい。そこがぶれてはだめだと思っています。そうした思いがピタッと合って「ピアノをやりたい!」という人には、ビシバシ言います(笑)。

――本荘先生は「自分が提供できる価値は何か」について、常に向き合っていらっしゃるのだなと感じます。

ぼくは、人と違うことをやりたいというタイプの人間だと思っています。自分ならではのレッスンというか、自分だからこそ教えることができるものを打ち出して、そこに共鳴してくださった方に教えたいという思いはあります。今も少しずつですが、実現できています。

YouTubeで発信したり、ホームページに自分の考えを載せたりしているので、遠くから教えてほしいと声がかかることがあります。今、一番遠いところではアメリカに生徒さんがいて、動画を送り合ってレッスンをしています。

KLASSEの生徒さんは現在募集中です。あと個人の生徒さんも募集していて、出張レッスンもさせていただいています。多少遠くても参りますので、少しでもご興味をもっていただけたら、まずはご連絡をいただければとおもいます。

――本日は貴重なお時間をいただき、たくさんのお話を聞かせていただいて、ありがとうございました。

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