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「自分が幸せだと思う人生を送ってほしい」ーー高橋いつき先生(2)

前回に引き続き、浦和にある「高橋いつきピアノ教室KLASSE」代表の、高橋いつき先生へのインタビューをお届けします。今回は生徒さんへの思いや、それを見守る保護者の方への思いを中心に、お話しいただきました。

KLASSEのレッスン室の様子

生徒の人生を背負うような向き合い方

――音楽に関わる仕事もいろいろありますが、その中でなぜピアノの指導者を選んだのでしょうか。

自分が良い先生に出会えたからだと思います。播本先生みたいになりたい、という思いがまずありました。

――播本先生みたいにというのは、具体的には先生のどのようなところからそう思ったのでしょうか。

一番は、その子の人生を背負っているところ、でしょうか。ピアノの技術的なところで先生のようになりたいというのは、当然ありました。でも、それよりも音楽的なところ、さらには人間的なところで、播本先生のようになりたいという思いがありました。

――本当に、真剣に生徒の人生のことを考えて指導をなさっていたのですね。

はい。それを生徒みなに対してやっていました。だから、ほかの生徒が困っていると、自分のレッスンがなくなってしまうことが、たびたびありました。でも、それでもいいと思っていました。今はあちらの方で忙しいのね、先生、と。逆に自分がほかの生徒の時間を使ってしまうこともあるので、不満は感じませんでした。

レッスンの間が空いたとき、自分でどうレベルを維持するかという難しさはありました。ほかの先生についている子は、当然毎週レッスンがあります。でも、自分は3週間空くこともありました。

先生に、「あなたは1週間の練習でもってきても、3週間でもってきても同じね」と言われたことがあります。3週間かけて練習したはずなのに、1週間のときと同じくらいの完成度だ、ということです。レッスンが休みになると評価されるチャンスがなくなるため、気持ちが萎えてしまうのだと思います。本当に音楽が好きであれば、レッスンのあるなしは関係ないはずです。根本的な部分で、音楽と向き合えていなかったのだと思います。

――練習してきたことを先生からどう評価されるか、楽しみだったのですね。

「練習でこう工夫したのを先生はわかってくれるかな」、「楽譜からこう読み取ったけど合ってるかな」という感じです。練習のときからずっとその頭です。

高校に入ったころは、人の演奏を聴いていても、「ああ、ここはこんな練習をすれば弾けるようになるな」、ということばかり考えていました。演奏の粗(あら)や自分が気になっていることが耳につき、音楽の本質を聴こうとなかなかできないのです。練習方法まで瞬時に思い描いてしまうので、純粋に音楽を楽しく聴くということが難しい。そこに気づいたから、私は教えるほうが向いているなと思ったともいえます。

わたしがいなくても自分で上達できる子に育てたい

――指導者として大切にしていることはどのようなことでしょうか。

この子にとって、今何が必要なのかを考えることです。教えないといけないことはそれこそいっぱいあります。でも、その子にとって今一番必要なことは何か、その順番を間違えないようにと心がけています。

自分が弾くことを考えると、あれも教えたい、これも教えたいとなります。でも、「今、この子には、なにより先にこれを教えないといけない」とか、「一年前では無理だったけど、今なら本質的なところを理解できるのでは」ということを考えています。

――その子自身がピアノで何を目指しているか、ということも大切でしょうか。

ピアノを始めるとき、最初は親の意向が強いと思いますが、ピアノに興味がある子とそうでない子がいます。指の使い方や、楽譜の読み方を教えていくことで上達していく子もいれば、こんな曲だよとイメージを伝えることで音楽に向き合える子もいます。その子に合わせて、どう教えればピアノに興味をもって向き合ってくれるかを考えています。

ですが、最終的には私がいなくても、ひとりで楽譜と向き合って練習できるようになるように、と思って教えています。

――先生がいなくてもできるとは、どういうことでしょうか。

わたしのところにいれば弾ける子、とならないように、教えています。わたしがうまくするというより、わたしがいなくても自分で練習できるし、自分で考えて弾き方を見つけられるように育てたいのです。そればっかりやっていると、コンクールで賞はとれないのですが(笑)。とても時間が必要なので。

先生が「はい、ここはこう弾いてー!」と細かく弾き方を指導すれば、賞はとれるかもしれません。でも、それは先生の代わりに弾いているだけ。先生の頭にある音楽を押し付けて、その子に弾かせていることになります。わたしはそうしたくありません。実際にそうした演奏を、コンクールでよく聞きますが。作曲家が残した唯一の楽譜をしっかり読み、自分なりに理解する。そうしたものを演奏してほしいと思っています。

KLASSEのレッスン室で開かれるおさらい会の様子

生徒さんには幸せな人生を送ってほしい

――生徒さんに望むことは何でしょうか。

根本的には、「自分が幸せだと思う人生を送ってほしい」ということだけを思っています。別にピアノじゃなくてもいいです。ピアノだったら少しはお手伝できるかもしれませんけど。ただ、ピアノをやったせいで不幸になった、とはならないでほしいです。

親子関係もそうです。今週練習しなかったとか、ちょっとしたいざこざは、愛情がこもっていれば問題ありません。ですが、一生懸命さが行き過ぎてしまい、人格を否定するようなことばをかけてしまったり、存在を否定されたと子どもが感じるようなことは、避けなければなりません。レッスンがそこを助長するようなことがないように、気を付けています。

――演奏家になるということも大切ですが、なにより幸せな人生を送ってほしいと。

こんな考え方だと、世界に羽ばたくピアニストは育てられないかもしれませんが…。すべてを犠牲にしてでもピアニストになりたいという子がいて、その子を何がなんでもピアニストになするぞとレッスンする。そういう人でないと、世界に羽ばたくピアニストを育てるのは無理なのかもしれません。でも、やはり自分はそれはしたくないです。

もちろん、できれば世界的なピアニストを育てたいと思います。でも、それは先生だけの力ではなれません。

小中学生のころの基礎力は必要です。そこは先生が教えないといけません。でもそのあとは、運とか、本人がどう音楽と向き合っているかによってしまいます。自分がどれだけピアノを続けたいと思うか、その気持ちの強さに任せてしまっています。

――本人の自主性に任せるのですね。

高校生くらいになると、ピアノや音楽に向き合うようにこちらで手助けをすることは、基本的には考えていません。そこは本人が自分からやらないといけないことだと思います。高校生にもレッスンはしていますが、「こうしたいのだけどできない。先生助けてほしい!」と言われて教えているような感じです。こちらからわざわざ呼んでまでレッスンはしていません。

今の高校生の生徒さんは、毎週レッスンに来る子もいますが、月に1回くらいしか来ない子もいます。わたし自身もそれでいいと思うし、本人もそれでいいのだと思ってもらえるような存在になりたいです。「来たいときにくればいい」先生です。生徒さんから連絡が来なければ、ああ今は助ける必要がない状態なのだな、うまくいっているのだな、と思っています。

お子さんの人格を尊重していればどんどん伸びていく

――生徒の保護者に望むことはありますでしょうか。

子どもを一人の人格として認めていてくれれば、それで十分だと思います。練習への向き合い方も、その子の人格を尊重して接してもらえたらと思います。本人の意思に反することを無理にさせるようなこと、あるいはご自分の夢を子どもに託すようなことは、ご遠慮いただきたいと思っています。

ときどき「こんな出来では先生に失礼でしょう」といって、お子さんに練習をさせている方がいらっしゃいますが…。別にこちらはなんとも思っていませんし、ほかに練習をさせる理由はあるのではないかと思ってしまいます。「本人がやりたくないのであれば、無理にやらせなくていいのではないでしょうか」と言ってしまうこともあります。お母さんにとっては言ってほしくない一言かもしれませんが(笑)

――やはり生徒の意思を尊重するというところが大事だということですね。

保護者の方が、子どもを一人の人格として認めていないと、教えていても結構きついなと感じます。ピアノもそうですが、それ以外のことも伸びていきません。逆にそこがしっかりできていると、親子関係も良いですし、どんどん伸びていきます。自分の人格が認められていないと感じる子は、自分に自信がもてないし、本当にピアノも伸びないなと感じます。

――お母さんが望むレベルを、お子さんに押し付けてしまっているのでしょうか。

そうかもしれません。でも、理想があるのは悪いことではありません。望むレベルまで届かなかったとき、その子を否定する必要はなく、そこまでできなかった理由が何かあるはずです。表現に対する理解が追い付いていないのかもしれないし、本人がそこに興味をもてないのかもしれません。ただ時間が足りないのかもしれません。いろいろあると思いますが、そうしたことを一緒に考えてあげずに、その子にダメ出しをしてしまうと、せっかく伸びる力をもっているのに伸びなくなってしまいます。

――その子のもつ潜在的な力を引き出して、伸ばしてあげたいと。

一人ひとりに、伸びるタイミングというものがあります。わたしも常にそこは気にしていて、逃さないようにしようとしています。体の伸びと精神の伸びは、大体一致すると感じています。

体の成長って、手を見ればわかるのです。手の形、手の表情といえばよいのでしょうか。「あ、この子の成長期がきた。これからワーッと伸びるぞ」、みたいな感じです。そういうときは、少し多めの課題を出しても、わりと無理がきくのです。ちょっと上のレベルの課題を出しても、ぐっと伸びてくれる。逆に、そのタイミングでないと無理がききません。そこを逃さないように、手の表情をよく見るように気を付けています。

そこを見誤って、小学校高学年の時に無理をさせてしまった子がいました。本人のやりたい気持ちが上がってきたので、少し上のレベルの課題を与えました。本人もよし!とモチベーションが上がったと思います。ですが、精神的な面で体調を崩してしまいました。本人はやりたい気持ちがあるのに、レッスン室に来ると具合がわるくなってしまうのです。精神的なバランスが崩れて、危ない状態でした。体と脳がついてこないときに無理をさせると大変なことになると、そのときに学びました。

――保護者の方と先生とが、その子一人ひとりに細やかな目配りをされて育てていることがよくわかりました。

ときどき、お子さんからお母さんに対しての言葉づかいなどから、これはまずいぞ、と感じることがあります。本格的にピアノをやるとなると、家族を巻き込まないとできなくなってきます。本気でやればやるほど、危ない世界でもあります。なので、音楽を専門的に続ける、続けないにかかわらず、幸せな人生だと思ってもらえるようになってほしいです。

――本日はたくさんの貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。まだまだお聞きしたいテーマがたくさんありますので、またお話を伺えればと思っております。

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