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【創作長編小説】青の怪物、契約の輪 第六話

第六話 炎の魔女

 滝の裏側に、隠されている。
 それは、氷の棺。

「忌々しい――。私は変わってしまったというのに、こいつはいつまでも、若く美しいままだ」

 氷の棺の表面に、長い爪を立てる。

「まったく、皮肉なものだ……!」

 吐き捨てるように一人呟く。
 氷の棺の中には、若い女性が閉じ込められていた。年齢は、二十代半ばといったところだろうか。
 燃えるような赤色の長い髪、彫の深いはっきりとした顔立ち。華やかな印象だが、服装はとても質素だった。
 長いまつ毛のまぶたは閉じられている。まるで眠っているようだが、人形のように生命の息吹が感じられない。
 しかし、生きていた。

「フィアンマめ……! 常に私を苛み続ける……!」

 アイスブルーの髪が、怒りに逆立つ。
 氷の棺に爪を立て、怒りに震えるアイスブルーの髪の持ち主の名は、スタラッティーテ。
 そして、氷の棺に眠るようにして閉じ込められている女性の名は、フィアンマ。
 彼女たちは、双子の姉妹だった。
 氷の棺に、自分の顔が映る。
 スタラッティーテは、思わず氷の棺から顔をそむけた。

「私の外見は――、抑えているとはいえ、すっかり中年の女のようになってしまった」

 スタラッティーテは、半人半妖の氷の魔女と呼ばれる存在だった。
 そして、妹フィアンマは、半人半妖の炎の魔女。
 フィアンマが人に寄り添い、人のように暮らしていたのとは反対に、スタラッティーテは己の生まれ持った魔力を、己の欲望のためだけに使い続けた。
 人に危害を加えるスタラッティーテと人を愛するフィアンマは、敵対し続けていた。
 フィアンマは、攻撃的な姉を諭し、姉が邪悪な魔法を使おうとしていることに気付いたときは、全力で立ち向かい、阻止してきた。
 怪物に変身させられた美しい娘の存在を、フィアンマは知らない。もし娘が無事フィアンマのところへ辿り着けていたなら――、娘は人としての平和な一生を取り戻せたことだろう――。
 双子の姉妹の決定的な戦いは、姉のほうから仕掛けられた。
 戦いは、姉スタラッティーテの勝利に終わった。
 姉の力に屈したフィアンマ。しかし、姉は妹にとどめは刺さなかった。
 
 私の魔力が、大幅に減ってしまうから。

 スタラッティーテは知っていた。双子の魔女の力は、二人が揃ってこの世界に存在してこそのもの。片方が死ねば、生き残ったほうの力はほとんど消失し、人と変わらないようなか弱い存在になってしまうということを。
 今まで妹が姉を殺さなかったのは、単純に情からだったが、姉が妹を殺せなかったのは、己の力を保持するためだった。
 邪魔な妹を氷の棺に封印し、悦に浸るスタラッティーテだが、あとで己の手で己の苦しみを作ってしまったことに気付く。
 封印は、永遠ではない。定期的にその場に訪れ、直接魔法を施さなければならなかった。
 人よりだいぶゆっくりとした変容ではあるが、着実に老化していく我が身。
 対して、封じられた妹は、時が止まりその当時の若さのままの姿。
 自分にそっくりの外見。しかし時を経るごとにかけ離れていく。

 フィアンマは、美しいまま――。

 訪れるたび、喪失感と自分勝手な嫉妬が増していく。
 
 もっと。もっと私の中の時を止める……、いや……。時を戻す方法を探り出せねば――。

 ずっと、美しさと若さに執着し続けていた。「美しさ」という呪いに縛られているかのように。
 半人半妖の氷の魔女、スタラッティーテは、アイスブルーの髪をひるがえし、己の居城へと急いだ。


「半人半妖の炎の魔女? だいぶ昔、恐ろしい姉、氷の魔女に殺されたという伝説なんだけどなあ」

 大きな町に着き、「占い」と看板が掲げられた店に入ったフィンとマーレだったが、店主の占い師の話に愕然とした。

「えっ……、殺された……」

 フィンは思わず、店のテーブルに身を乗り出した。

「まあ、待って。昔話として聞いてただけで、疑問に思ったこともなかったから。調べたこともない。占ってみようか」

 微笑む占い師。肩くらいの長さの黒髪を後ろで一つに縛り、がっしりとした体格、占い師というよりどちらかというと力仕事が似合うような印象の青年だった。
 占い師は、様々な色や形の石をテーブルに広げる。店のあちこちには、占い、魔法、などと書かれており、フィンが初めて嗅ぐような、なにかわからない香のようなもののよい香りが立ち込めている。
 フィンとマーレは、こういう不思議な店なら、「瑠璃の谷」や「炎の魔女」についてなにかわかるのでは、と思って立ち寄ったのだ。

「ちなみに、瑠璃の谷ならあるよ。ただ――、危険な場所だ。確かに妹の炎の魔女の住んでいるところだったらしいけど、やってきた姉の氷の魔女と、そこで戦ったらしい。今でも氷の魔女の魔法が残っていて、興味本位で近づく人が大けがをしたり命を落としたりして、今は誰も近寄らない」

 占い師は話をしながら輝く石を、儀式のように持ち上げたり円を描いたりさせながら、ひとつひとつ並べていく。
 占い師とテーブルを挟んで並んで座ったフィンとマーレは、顔を見合わせた。

「ところで、そっちのおにいさん。人じゃあないね?」
 
 ずばり訊く占い師。

「ああ。そうだ。よくわかったな」

 隠す気もないマーレ。
 占い師はにっこりと笑った。笑顔のときできる皺が、青年の明るさや人柄のよさを表わすようだった。

「やっぱり。だから、占ってあげようって気になった。普通の若い人と少年だったら、危険だろうから絶対教えないよ。とても不思議な君たちだから、ね」

 石を並べ終えると、占い師は目を閉じ、小さな声で呪文のようなものを唱えているようだった。

 俺たちのこと、それ以上訊かないんだ。

 フィンは意外に思う。不思議なことを見れる人だからこそ、あえて深いことには立ち入らないのかもしれない、そう思った。

「生きてるね」

 目を開けた占い師は、占った当人でありながら、驚いた表情を浮かべつつ、そう告げた。

「無事なんですか……!」

 フィンの顔に、希望が広がる。

「でも――。たぶん……、まるで、石のよう。そうだな、ええと。封印――、きっと封印されてるんだ」

「封印……!」

 フィンは思わず叫ぶ。

「封印って――、封印を解く方法、なにかないんですかっ!?」

 占い師は、うつむき腕を組む。

「妹を、助けたいんです……! 氷の魔女にさらわれた、俺の妹を……!」

 占い師は、顔を上げた。

「あることは、ある……、と思う。たぶん」

「えっ、ほんとですかっ?」

「炎の魔女は、強い力を持つという。ということは、封印の魔法に刺激を与えれば、彼女自身の力も、内部から封印を解こうとすぐに反応するはずだ。つまり解放へのきっかけとなる外側の刺激がさほど大きくなくても、炎の魔女の手助けが、封印を解く後押しになるはず」

「それは――、どうすれば――」

「うん。考えがある。でも、すぐにはできない。少し、時間をもらえるかな」

 フィンはうなずき後日店を訪れる約束をし、占いの代金を支払おうとした。

「ああ。お金はいらないよ。それより、欲しいものがあるんだ。それをもらえないかな」

 占い師の言葉に、フィンとマーレは、なんだろう、と顔を見合わせる。

「人じゃない君。君の、爪とか髪の毛とか、ちょっともらえないかな? きっと、魔術とかに使える貴重な品になるんじゃないかな。俺、色々不思議なものを集めたり研究したりしてるんだ。興味からっていうのもあるけど、結果、そういうものが新しい知識や力になってる」

「いいとも。お安い御用だ。私の体は、高いぞ」

 変な言い回しをしつつ、マーレはふふん、と笑い胸を張る。

 びりっ。

 マーレはいきなり自分の腕に手をやり、自分の腕の皮膚を少し剥いだ。血が出る。

「マ、マーレェェェェェッ!」

 まさかの行動に、占い師もフィンも顔面蒼白となる。

 なにやってんだあーっ!
 
 マーレは表情一つ変えない。占い師が慌てて、血が流れ続けるマーレの腕に布を当てる。

「血、血、止めなきゃっ。君っ、そんなことしなくても……」

「あとで、鱗になる。私とフィンが契約終了してからだろうから、いつになるかわからんが。青くて綺麗な鱗だぞ。とっておけ」

 それから、マーレはぶちっと自分の青い髪を少々、束にして抜き、爪をかじり取ろうとした。

「やめーっ、あといいから、やめーっ!」

 占い師が止めた。爪は間に合ったが、抜き取られた髪の束は占い師が引き取る羽目になった。望んだとはいえ……。

「荒っぽいね」

 マーレの腕の止血をしてあげつつ、ため息の占い師。俺としては大変ありがたいけど、と弱弱しく付け足す。

「血はいらないのか」

 と、マーレ。

「う、うーん。薬とかなにかになりそうな気がするけど。でもそんなことより、止めなきゃ!」

 占い師が、包帯をぎゅうぎゅうと巻く。少し、オーバーな気もする。

「このくらい、すぐ治る。私は偉大な海の怪物」

 正体について、秘密にする気もないらしい。占い師は、呆れたように大きなため息。フィンは頭を抱えた。
 占い師は、

「ここまでのことをしてもらえた。お代をはるかに上回ってるよ。俺も、できる限りのことはするよ」

 と約束してくれた。
 一週間後の早朝開店前、フィンとマーレは店を訪れることにした。


 長い一週間だった。
 
 アレッシアは、無事なのだろうか。怪物にされてしまったり、殺されてしまったりしてるんじゃないか。

 どんどん時間が経ってしまっている。フィンは焦るが、どうすることもできない。
 ようやく約束の日となり、朝一番に占い師の店を訪れた。

「集まったよ、道具」

 満面の笑顔の占い師が、待っていた。

「封印を解く、道具ですか!」

 うなずく占い師。そのかたわらには、大きなカバン。

「さっ。本日は休業だ」

 占い師が、店を閉める準備をし始めた。

「えっ、お店、閉めちゃうんですか?」

 驚くフィン。店の扉に「臨時休業」の札を付けると、占い師は重そうなカバンを持って振り返る。

「俺も行くよ。瑠璃の谷へ。今から」

 店の外に、馬車も用意してあった。

「一日貸し切りだよ。マーレ君に、世界中旅しても得られない貴重なお宝をいただいたから。代金は俺に出させてね」

 えええーっ。

「馬。乗り物。面白そうだ。乗ってみたい」

 今度はマーレが満面の笑みになっていた。

 夕刻前に、瑠璃の谷と呼ばれる場所に着いた。馬車には待っていてもらう。
 
「一週間のうち、満月の日があって助かったよ。より正確な占いができた」

 山にある滝の裏に、炎の魔女は封印されているのだと占い師は説明する。

「氷の魔女のしかけた魔法をうまくよけながら、進もう。これ、守りの護符」

 フィンとマーレに、お守りを渡す。

「ダウジングと呼ばれる方法から編み出した俺なりのやりかたで、道を探りつつ進む。俺のあとについてきて」

 占い師は、先端に水晶のついた二本の棒を手に持ち、それらをゆらゆらと揺らしながら歩く。

 どーん!

 爆発音がした。

「マーレ!」

 よそ見をしていたらしいマーレが、吹き飛ぶ。氷の魔女の魔法の一つに引っかかったようだ。

「大丈夫」

 髪が乱れ、擦り傷だらけ、あちこち服も破れているが、頑強なマーレは無事だった。

 どーん!

「マーレ!」

「大丈夫」

 つい自由行動しがちなマーレに、地面から発生した雷のような衝撃が当たる。マーレは、目的地の滝の裏側に辿り着くまで、合計四回くらい痛い目にあっていた。ちなみに、マーレだけ。
 占い師の導きに従いながら、山道を登り続けると、ごうごうと音を立て流れ落ちる滝の前に出た。

「これは……」

 滝の裏側に回り込むと、洞窟のようになっていた。その中に、輝くなにかがある。
 氷の棺だった。

「これが、炎の魔女……!」

 でも、どうやって、封印を解くんだろう……?

 フィンが呆然と氷の棺を見つめている横で、占い師は持っていたカバンの中身を広げる。
 カバンの中には――、実に様々な種類の物が入っていた。
 薬瓶、小箱、手紙、お守りのようなもの、宝石の原石など、他にもいろいろあった。
 
「これは、なんですか……?」

 見たこともないような立派な魔法の道具ばかりかと思ったが、薬瓶など日用品のようなものもある。とても、封印を解く道具には見えなかった。

「炎の魔女に、助けられたことのある家々に残る、炎の魔女に関する品だよ」

「えっ……」

 占い師は、氷の中の炎の魔女に向かい、深く一礼した。

「俺の町にも、ご先祖が炎の魔女に助けられたという家々が何軒もあるんだ。一週間の間、そういう話の残る家を調べて尋ね、ゆかりの品を借りたんだ。たとえば、この瓶は炎の魔女からもらった薬の瓶。みんな、家宝として大切に持っているんだよ」

「これは、昔炎の魔女に助けられたときの物――!」

 占い師は、氷の棺の前にそれらの品々を並べる。

「感謝や愛、優しさや喜び。いっぱい詰まっている。思いが形になったようなもの。氷の封印に対抗するには、愛しかないと思ったんだ」

 占い師は、呪文を唱える。

「人々を助けた、心優しき魔女、フィアンマ。人々の心に今も息づく愛、深き感謝のもと、どうかふたたび、清きそのお力をお貸しください――」

 風が吹く。滝の裏、洞窟の中だというのに。
 そして氷の棺の前に、柔らかな虹色が広がる――。

 パキーン!

 なにかが割れる音がした。

「あっ……!」

 フィンは目を見開く。驚きと感動に、瞳を輝かせて。

「ありがとう――。おかげで、目覚めることができました」

 真紅の髪の、炎の魔女が微笑んでいた。


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