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【創作長編小説】天風の剣 第117話

第九章 海の王
― 第117話 様々な立場 ―

「皆、無事で本当によかった――!」

 四聖よんせいの皆やソフィアとテオドルの変わらぬ笑顔に触れ、キアランは深い喜びに声を震わせた。

「キアランも花紺青はなこんじょうも、無事で本当に嬉しいよ……!」

 ルーイも皆も、涙ぐむ。
 守護軍の陣営の中でも、皆がいるこの場所は洞窟になっていた。入り口は、人一人通るのがやっとで狭かったが、中は広い。
 洞窟内は、魔法の光で明るさが保たれていた。魔法による明かりだけではなく、岩肌がきらきらと光っている。水晶が含まれているようだ。ただでさえ魔の者を寄せ付けないノースストルム峡谷の中でも、より一層守りの力の強いとても安全な場所のようだった。
 洞窟内にはルーイたちの他に、護衛の魔導師数名がいた。
 テオドルが、キアランに耳打ちする。

「キアラン。上層部の魔導師たちもしょっちゅうここに来るが、今ここにいる魔導師たちは、信頼のおける人たちだ。彼らは、シルガーさんにも理解を示している」

 そこで、テオドルは深いため息をつき、ぎゅっと自分の拳を握りしめた。

「……四天王シトリンやその従者たちには、今でも私は複雑な思いを抱いている。たくさんの友を、尊敬する上司や大切な部下を、殺されたから――」

 あの、古城での惨状がキアランの脳裏に蘇る。キアランは、なんと言葉をかけていいかわからず、ただテオドルの疲れ切った顔を見つめていた。

「でも――。皆の話を聞き、実際、オニキスと戦う彼女たちの姿を目にして――、我々守護軍の中の一部の者たちに攻撃され、ぼろぼろになっても我々を守ろうと奮闘し続ける彼女たちの姿を見て――。私の心も動かされた」

「テオドル――」

 テオドルは、微笑みを浮かべた。苦しさと、悲しみの入り混じった、苦い微笑み――。

「四天王シトリン、彼女たちを許す、そんな気持ちには到底なれない。しかし、今後彼女たちを攻撃しようとする者がいたら、私は全力で止める。絶対に、彼女たちをこれ以上傷つけない……!」
 
 テオドルの瞳には、強い決意の光が宿っていた。
 キアランは、胸が締め付けられるようだった。

 テオドル――。深い憎しみと怒りで苦しいだろうに――。

 キアランは、テオドルの握りしめた拳を、包み込むようにそっと手に取った。

「キアラン」

「テオドル……。どうか――。無理はしないでくれ。あなたの苦しい心に、どうか無理はさせないでくれ」

 シトリンたちを大切に思う気持ちと、テオドルの辛い思いを少しでも和らげたい思い。キアランは複雑な立場に立ち、かける言葉が見つからない。
 キアランは、まっすぐテオドルの瞳を見つめた。願わくば、立場や役割、こうあるべき理想などといったものに、テオドル自身の本当の気持ちが押しつぶされないように、と。

「テオドル。ありがとう――。シトリンもみどりも蒼井も、テオドルのその言葉に救われると思う。でも、どうか自分の心を傷つけてまで、理解を示さなくていいと思う。どうか、あなたはあなたの見つける答えを大切に守ってくれ――」

「キアラン――」

 テオドルは、ちょっと驚いた表情を浮かべる。
 キアランは、テオドルの手を力強く握る。嵐のような感情によって揺らされ続けているであろうテオドルの魂を、励ますように、力づけるように。
 テオドルは、静かな微笑みを浮かべる。先ほどの辛そうな微笑みとは違った、穏やかな微笑み。
 洞窟内は、きらきらと、清らかな光に満ちていた。

「ありがとう。キアラン」

 テオドルは、うつむいた。

「……ごめん。キアラン。ちょっと肩を借りる」

 テオドルは、キアランの肩に額を付けた。泣いているようだった。
 きっと、テオドルの心の中で、そう簡単に整理はつかないだろうとキアランは思う。シトリンたちへ攻撃をしないよう阻止する、その決意は本心からだろうとも思えた。しかし、今後もテオドルは深い葛藤を抱え続けることだろう――。
 それでも、キアランに感謝の言葉を述べるテオドルには、肩にのしかかる重荷を降ろしたような、解放されたような明るい色が、確かに見えた。
 それはきっと、心から生み出された言葉――。
 しばし、沈黙が流れた。テオドルに寄り添うような、包み込むような優しい沈黙だった。
 テオドルは、顔を上げた。もう、いつものテオドルに戻っていた。

「キアラン。それで、他の皆さんは……? そちらの状況について、どうなっている?」

「アマリアさんたちも、こちらに向かっている。すぐに合流できるだろう」

 皆は顔を輝かせ、歓喜の声を上げた。

「シルガーも、カナフさんも、皆無事だ。ただ――」

 キアランは、周りを見回す。護衛の魔導師たちは、気を遣っているようで、こちらの話が聴こえないよう距離を取っているようだった。とはいえ、魔法の力で聴こうと思えば彼らはいくらでも情報を受け取れるのだろう。しかし、彼らが魔法を使っている様子は微塵も感じられなかった。
 むしろ、こちらに背を向け時折魔導師たち同士で短い言葉をかけ合ったり、護衛といえどある程度リラックスしている姿勢でいたりしており、久々に再会したキアランたちが自由に会話できるよう、配慮してくれているように思えた。
 キアランは、意を決して言葉を続ける。

「王都は壊滅状態、そして四天王アンバーも殺された――」

 皆、驚きと悲しみ、衝撃に息をのむ。
 そして白の塔の人々を思い、涙を流した。



 様々な、立場がある。
 様々な、感じかたがある。
 テオドルのように。
 ルーイやフレヤは、アンバーに殺されそうになった。パールとの海でのアンバーの戦いを知らないルーイやフレヤにとって、それから、フレヤを一時的にも連れ去られたソフィアにとって、いくらアンバーの言動を話で聞いたとしても、アンバーの死は、さほど重い響きを持たないのかもしれない。
 そして、シルガーやカナフ、彼らと繋がりのある自分たちが、他の守護軍の者たちにとってどのように捉えられているか、正直なところはわからない。
 ましてや、上位の魔導師たちがどう見ているかなど、わかったものではない。アンバーとまで繋がりがあったと知ったなら、果たして彼らはどう判断するか。

 アンバーさん――。

 父のことを教えてくれたアンバー。あの深海で、助けてくれたアンバー。

『この衣装、きらびやかで、とても心惹かれるでしょう……?』

 キアランは、アンバーの誇りに満ちた笑顔を、改めて深く胸に刻んだ。
 
「キアラン」

 夕食後の休憩時だった。
 不意に、美しい赤紫色の瞳が目に飛び込んできた。
 ソフィアがキアランの顔を覗き込んでいたのだ。あまりに突然だったので、キアランはちょっとどぎまぎする。
 ソフィアはキアランの横に座り、しなやかな両腕を前に出し、指を組んで、うん、と伸びをしていた。

「実は蒼井の盾、すごく活躍してくれたんだ」

「あ、ああ。あの盾……!」

「この通り、小型な盾でしょ? でも、オニキスが襲撃してきたとき、とっさに盾をかざしたら、稲妻みたいなオニキスの攻撃を、結構な広範囲で防いでくれたの。それでフレヤだけじゃなく、何人もの人が助かった」

「そうか。すごいな」

 さすが、蒼井の盾、面白いだけじゃないんだ、キアランは純粋に驚き、感動していた。
 ソフィアが、ぽつりと呟く。

「魔の者って、本当にいろいろね――」

 キアランは、ソフィアの横顔を見た。

「あたしは、シトリンたち、好きよ」

 ソフィアだって、複雑な思いを抱えているはずだった――。
 ソフィアは、キアランに顔を向け、正面から見た。

「四天王アンバー。あいつも、ね」

「ソフィアさん――」

「あなただけが、想っているんじゃないわ。あたしも、皆も心に留めてる。ちゃんと覚えてる」

 ソフィアは、蒼井の盾を胸に抱えた。

「ありがとうって、そう思ってる。シトリンも、みどりも、蒼井も」

 水晶の岩肌が、星々のようにきらめく。
 
「四天王、アンバーも――」

 キアランの心は、洞窟の外、本物の星空を見つめていた。

『戦いだらけの生きかたの我らですが、また、こんな時間を持てたらいいですね』

 もう少し、時間があれば、とキアランは思う。

 もし、みんなと出会い、触れ合える時間があったら、もっとわかり合えたのだろうか――。

 肩をすくめて首を左右に振り、やっぱりあなたは若い、そうアンバーが苦笑する姿が、キアランには見えたような気がした。

◆小説家になろう様、pixiv様、アルファポリス様、ツギクル様掲載作品◆

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