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雪原と黒豹制作委員会(司法予備4年刑法)

※この物語はフィクションです。実在の人物はいません。
ここは、とある映画館
そこに我が深瀬は腰を掛け、ポップコーンを頬張っている(飲み物はファンタオレンジであった。)。
なんと、これから映画館を借り切って自主上映会が始まるのであった。
ほどなく、館内が暗くなり、高級スーツで決めたおじさんが画面に登場した。両手の指で胸の前にハートを作り、「おおきに、何かこまってんのちゃうん。」と笑顔を向けてくる。
ポップコーンは塩キャラメル味に限るなと深瀬は思った。
「おきばりやす法律事務所」の所長兼京都弁護士会副会長の「かんにんえ。」の弥七こと田所弥七主演の、ぜひ法律相談をとたたみかける動画が流れた後、さらに場内が暗くなった。
次の場面に、深瀬は息を呑んだ。
スクリーンには、雲も突き抜ける壮大な塔が、実物てあるかのように映し出された。その塔のふもとから舞い上がるドラゴンのごとく、上へ上へとカメラ視線は移動していく。もう少しでバタバタと旗が舞っている尖塔の頂きに達しようとするとき、ガタンと画面が揺れたかと思うと、底が抜けたかのように急落下が始まった。
場内から悲鳴があがる。深瀬も落ちるような感覚に陥って、前屈みになった。あっと思う間もなくポップコーンはこぼれていった。
落下の速度は、だんだんと緩やかになり、スクリーンいっぱいに、筆で書いたような白い文字が、壮大に交響曲とともに現れた。

        「万引き母子」
         脚本 司法試験予備試験令和4年刑法改題
         演出・主人公 小兵 翔平(閑古堂司法修習生)
         ナレーション 小町秋子弁護士
         制作 雪原と黒豹制作委員会
         協賛 おきばりやす法律事務所
         エキストラ 澤谷奈美弁護士
               小町夏子
               深瀬一郎弁護士(名脇役)
     
題名と主演等の画面が1分近くも映しだされていた。
だんだんと場内は素っ頓狂な展開にざわめきだした。
「これ、予備試験の刑事の問題を実写化したものじゃなかったの。」
「雪原と黒豹制作委員会って何。」
「あの美豹の奈美弁護士でてるの。」
「小町夏子って、小町先生の家族。」
いまや場内は、画面そっちのけで、会話が始まり、立ち上がって知り合いに話し掛けに行く人も現れた。
その喧騒の中、深瀬は数週間前の出来事を思い出していた。
 小町弁護士から、先だってのお礼にと、高級焼肉店にお招きされ、その席で(なぜか司法修習生小兵(こひょう)も同席)、小町弁護士からロースクールでの授業について話しがあり、刑事関係について、実務の感覚を学生に伝えるのが難しいとこぼしていた。その時、口の周りに焼き肉のたれをつけた小兵が反応した。名前は小兵であるが、体重100キロ、身長199センチの巨漢である。
 ちょうど高級焼肉店メニューの上から順に4人前ずつ注文しすべて平らげていた小兵が、二巡目の注文にとりかかろうとしていた矢先であった。
「深瀬先生、自分で言うのも何なんですが、素晴らしいアイディアがあります。」
「うーん。言っちゃってもらおうかな。」酒も入り、小町弁護士の前でタヌキはごきげんであった。
「映画にしちゃうんですよ。」
つまり、刑事の手続きを視覚化するというものであった。手っ取り早く言うと、小兵主演の映画を作りたいということであった。
「君。なかなかだね。」たぬきは、小町弁護士の前で終始ごきげんであった。小町弁護士を一言でいうと、清楚な美人となろうか。たぬき好みであった。
計画はぐんぐん進み、最後には、「深瀬先生、よろしくお願いします。」と小町弁護士からも言うまでになった。たぬき、まんざらでもないタヌキ顔をしている。タヌキ、酔いに任せて、自分の武勇伝を話し始めた。
「この深瀬、幼稚園から今日まで主役は張れませんでしたが、名脇役も言えるような華麗な来歴がございます。幼少の頃は、主人公のそばにたたずむ「木」として、中高生の頃は、「通行人A」、あるいは、「歩行者B」として、いわば、鳴らしたものでございます。小町先生たっての依頼ですから、つつしんで引受けましょう。」と深瀬が言った。
小町先生の目が潤いを帯びたように見え、少し酔ったかなと思ったとき、
「いよ。名脇役。」と小兵が囃し立てた。

 その後、深瀬は一切を小兵に任せ、小兵の言われるまま撮影に応じ、何か考え事をしている途中、小兵が制作者は「〇〇委員会とかどうですか。」と聞いて来たので、適当に「小兵君が気に入った名前があればそれでいいよ。」と適当に答えた。その後、深瀬は映画制作のことは小兵に一任したことで、すっかり忘れてしまっていた。
 しばらくして、小町弁護士からメールが来た。その内容とは、映画制作を了承していただいたことについて礼が述べられ、その後、小兵君が映画を作ってきたので、上映会をすることにし、会場について「おきばりやす法律事務所」の田所所長に相談したら、二つ返事で映画館を借り上げてくれたので、ロースクールの学生や司法試験を目指す社会人にも呼びかけ上映会を開催することになったと、深瀬先生も日程の都合が付けば来ていただきたい旨書いてあったので、駆けつけたのであった。

フィクションである旨と司法試験予備試験令和4年刑法題材にしたものである旨を小町弁護士の澄んだ声が響き、場内の喧騒は少し収まり物語が始まった。

甲(35歳とプラカードを下げた女装した小兵)は、A市内のアパートにおいて、長男X(13歳、13歳とのプラカードを下げた深瀬)、長女Y(6歳、6歳とプラカードを下げた小町夏子(小町弁護士の妹))と3人で暮らしていた。
(このシーンで会場はどっと湧いた。深瀬はマスクをしてニット帽で顔を隠した。)
某月1日、甲は、Yと共に、Bが店長を務める大型スーパーC店に入り、果物コーナーで、高級ブドウであるシャインマスカットをY に見せ、「あんた、これ好きでしょ。」などと話し、「高いね。」と言ってそのまま棚に戻した。
その後、甲は何も買わずにC店を出たが、お店の前で、「さつきのブドウ持ってきて。ママはここで待っているから、一人で行ってきて。お金を払わずにこっそりとね。」と言った。それを聞いたYは、ちゅうちょしたが、甲から「いいから早く行きなさい。」と強い口調で言われたために怖くなり、甲の指示に従うことに決め、「分かった。」と言って、店に戻ったが、果物コーナーの場所を10分かけて探したが分からず、そのまま何も取らず店を出た。甲は諦めYと帰宅した。
同月5日、甲は、自宅において、Xに対し、「今晩、ステーキ食べたいね。C店においしそうなステーキ用の牛肉あったから、とってきてよ。」と言った。甲は、Xが「万引きなんて嫌だよ。」などと言ってこれを断ったため、「あのスーパーは監視が甘いから見つからないよ。見つかっても、あんたは足が早いから大丈夫。」などと言って説得したところ、Xはしぶしぶこれに応じることとし、「分かった。」と言った。甲は、「一番高い3000円くらいのやつを2パックとってきて。午後3時頃に警備員が休憩に入るらしいから、その頃が狙い目だよ。」などと言い、商品を隠し入れるエコバックをXに手渡した。Xは、同日午後3時頃、C店で、1パック3000円のステーキ用牛肉を見つけ、どうせなら多い方がいいだろうと考えて5パックを手に取り、誰にも見られていないことを確認したうえで同エコバックに入れ、さらに出入口付近にあったアイドルの写真集(販売価格3000円)も精算することなく店外に持ち出した。Xは自宅に帰り、写真集を自分の部屋に置き、牛肉の入った上記エコバックを甲に渡した。甲は、「こんなにとってきてどうすんのよ。」などと言いつつこれを受け取り、同日以降、X及びYと共にこれら牛肉をすべて食べた。

この事例における甲の罪責について論じなさい(建造物侵入剤及び特別法違反の点は除く。)。

(解答例)
Yを利用した行為については、甲は間接正犯と言えるが、実行の着手がなく不可罰である。また、Xと共同した行為については、甲は窃盗(刑法235条)の共同正犯(刑法60条)が成立し、牛肉パック5パック分についてその罪責を負う。
1 Yを利用した行為について
Yは6歳であるので、刑事未成年者である(刑法41条)。ここでいう刑事未成年とは、単に14歳未満だけではなく、是非弁別の能力を備えないものをいうが、Yは年齢から言っても、能力から言っても刑事未成年者なので刑事責任を問うことができない。
正犯者が責任能力がなくても、責任は個別に問えるので、共犯者である甲の罪責には影響しない。
甲は、Yに実際にぶどうを手に取ってみせ、Yの関心を引いた上で、万引きさせようという意思のもとに、店外に出てから、なかばYを脅し強制させるように万引きを実行するように迫ったというのであるから、Yを道具として利用したと言える。Yが実行に着手していれば、甲に間接正犯として窃盗の罪責が問える。間接正犯の場合、実行の着手は、正犯者の行為が開始しないと、法益の侵害の危険性が高まったと言えないので正犯者を利用行為が基準である。本件では、Yは店内に戻ったものの、果物コーナーの場所すら分からず迷って戻っているのであるから、実行の着手がなく、甲に窃盗の間接正犯が成立せず不可罰である。
2 Xを利用した行為について
Xは、年齢は14歳未満であるが、是非分別の能力があるので、刑法41条の刑事未成年者に該当しない。
Xは、甲の甘言に負けて本件窃盗を実行したものであって、一度断っていることから甲に意思を抑圧されたものではない。自らの意思により万引きを行っていると評価でき、Xには窃盗犯が成立する。
ところで、共犯者が罰せられるのは、正犯者の法益侵害や危険を惹起させることを容易にしたためである。そのためには共犯行為と結果の惹起に因果関係がなくてはならない。本件では、甲の行為が、Xの窃盗行為を惹起させたことに因果関係があれば、甲に共謀共同正犯が成立する。
甲は、Xに対し、C店の監視体制が甘いことや、特に午後3時頃が狙い目などと告げて、Xが万引きをしやすいように心理的に助けるとともに、被害品を入れるためのエコバックを渡し、現にXはそのエコバックを利用して万引きを行っているので物理的に援助していると言える。
甲は、心理的にも物理的にもXの窃盗行為に因果性を与えているので、共同正犯が成立する。
甲が負う責任の範囲であるが、余分にとった牛肉パックについては、当初から領得しようとした商品と同じであるし、それらを甲も含めて家族で消費しているのであるから、牛肉パックすべてに責任は及ぶ。それに対し、写真集については、甲は対象物として認識していない上、Bの支配が及ぶ同じ店内ではあるけれど、牛肉パックの犯行現場とも離れ、Xが単独で窃取したと評価できるから、甲の責任は及ばない。

(場面がいきなり変わった。)
甲は、同月10日、自転車に乗って、一人でDが店長を務めるホームセンターE店に行ったシーンから始まった。
陳列されていた液晶テレビ(50センチ✕40センチ✕15センチの箱に入ったもの)を、万引きする目的でトートバッグに入れた。甲は店外に持ち出すつもりでいたが、トートバックからはみ出した状態になっていた。その一部始終を見ていた警備員F(設定35歳筋骨たくましいとプラカードに表示されているが、 可憐で細身な奈美弁護士が演じるとやんやの歓声が上がった。)が、約20メートルほど離れた場所から甲の方へ歩いて向かったところ、周囲を警戒していた甲もそのことに気がついて、そのテレビをトートバックから出して陳列棚に戻すと同時に、走って逃げ出した。E店を出てから3分後、E店から約400メートル離れた公園にたどり着いた。そこで10分間過ごしたが、誰も追っ手は現れず、とりあえず、E店に隣接する駐輪場にとめたままにしていた自転車を取りに戻ろうと考え、それから約5分後、同駐輪場に戻ってきて、周囲の様子をうかがいつつ同自転車に近づこうとした。Fは、戻ってきた甲に気づき、上記駐輪場に飛び出し、甲を捕まえようと思って、「この万引犯。逃げるんじゃねえ。」と言って、両手を広げて甲の前に立ちふさがった(ここで可憐な演技に拍手が起きた。)。そのため、甲は、逮捕を免れようと考え、両手でFの胸を1回押したところ(ブーイングの嵐が起こった。)、Fが体勢を崩して尻もちをついた。そこで、甲は、その隙に自転車に乗ってその場から逃走した。

甲の罪責に関し、事後強盗既遂罪(刑法第238条)の成立を否定するためには、どのような主張があり得るか。考えられるものを3つあげ、その3つの主張の論拠を、それぞれ具体的な事実を明示して、説明しなさい。

1 窃盗が未遂なので、既遂にはならない
事後強盗罪は、未遂が処罰される(法243条)。この場合の未遂は窃盗が未遂であり、暴行と脅迫が未遂であることを言わない。なぜなら、暴行罪(208条)や脅迫罪(222条)に未遂処罰がないし、そもそも暴行や脅迫は、ただちに既遂に達するので未遂が観念できないからである。
本件では、甲は、箱をトートバックに入れるという実行の着手は認められるものの、Fに気づかれるやいなや、陳列棚に戻しており、Dの支配が及ばない店外に持ち出していないので、窃盗が未遂である。ゆえに、既遂罪にはならない。
2 「窃盗の機会」に暴行が行われていない
事後強盗においては、暴行・脅迫が「窃盗の機会」が継続している間に行われていることが必要である。なぜなら、強盗として評価されるためには、窃盗行為と暴行・脅迫との密接な関連が要求されるからである。
本件では、甲は、Fの追跡を振り切っているし、E店から離れた公園で約10分間過ごしていることから、被害者から容易に発見され、逮捕される状況を脱したと評価できる。また、甲がE店に戻ったのは、自転車を取りに行ったのであって、当初のテレビを万引きしようとしたのではないから、当初の犯行状況は継続していないと評価できる。その後、暴行に及んでいるので、「窃盗の機会」に行われたものではない。
3 暴行の程度は、反抗を抑圧する程度ではない。
事後強盗においては、強盗と評価されるためには、強盗罪と同じく、被害者の反抗を抑圧する程度の暴行が求められる。
本件では、Fは女性であるけれど、警備員で若いのであるから、加害者がある程度の実力を行使しないと、反抗を抑圧する暴行とは評価されない。
甲は、Fの胸部を1回押して、Fが尻餅をついた程度であるから、反抗を抑圧した暴行と言えず、事後強盗における暴行に該当しない。



 


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