犬が「教え」、人が「学ぶ」 動物の本棚(5)

『動物はすべてを知っている』J・アレン・ブーン著 上野圭一訳 SB文庫
この本は、1920年代のサイレント映画時代に人間の映画スターをしのぐほどの大スターだったドイツシェパードの「ストロングハート」と、彼としばらく一緒に暮らした脚本家との種の壁を超えた心の交流を描いたユニークなノンフィクションです。 
もともと1998年に『人は犬とハエに聞け』というタイトルで講談社から出版され、2005年にタイトルを変えて文庫化されました。

ドイツでコンテストの賞を総なめにし、警察犬と軍要犬としての訓練も受けた体重56キロのドイツシェパードのストロングハート。
彼の威厳と美しさを兼ね備えた外見と、驚くほどの賢さに目をつけたアメリカの映画プロデューサーによってストロングハートは映画デビューし、またたく間に人間の俳優をしのぐほどの大スターになります。移動はいつも列車の専用特別室。マネジャーを含め3人のスタッフが常に同行するという待遇でした。

ある時、ストロングハートの過密な撮影スケジュールに数カ月の空きができ、映画プロデューサーの友人である著者に預けられることになります。
自宅でストロングハートを預かることになった著者。彼に手渡された一緒に暮らすための注意書きには次のようにかかれていました。
ー知的な人間に接するのと全く同じように接すること。
ーいかなる場合にも決して見くびった態度や赤ちゃん言葉は使わないこと。
ー決して本心ではないうわべの言葉をかけないこと。
ー毎日ためになる本の読み聞かせをすること

著者は生活を共にするようになって、ストロングハートの驚くべき賢さと知的なふるまいに目を見張ります。
ストロングハートはオモチャで遊ぶ時には自分でクローゼットの扉を開け、中から好きなおもちゃを選び出して庭で遊び、遊び終わるとオモチャを自分でクローゼットにしまって後ろ脚で扉を閉めるのでした。
著者の話す内容を完全に理解していて、時には著者が心で思ったことすら理解しているようでした。そして著者に何かを伝えるときには、吠え声とたくみなジェスチャーを使って自分の意志を伝えました。 

やがて著者は、自分が一緒に暮らしているのは漠然とイメージしていた「ただの犬」などではなく、もっとはるかに偉大で魅力的な存在だと思うようになります。

彼はこの素晴らしい犬との絆をもっと深め、真の交流をするにはどうすればよいかを真剣に探求していきます。
彼は手当たり次第に犬について書かれたさまざまな本を読み漁りますが、それはストロングハートを理解するのにほとんど何の役にも立ちませんでした。
そこで彼は、都会には決して住まず、砂漠地帯を動物たちと放浪しながら暮らす友人にアドバイスを求めます。
友人は彼に「犬に関する事実が知りたいのなら、直接犬から聞くしかない。」と語ります。

彼は、多くの人によってなされてきた犬について研究するという従来の方法を捨て、日常生活の中で自分がストロングハートの生徒となり、ストロングハートが言葉を使わずに教えてくれることに心を開き、意識を集中するようになります。

そんなある日、ストロングハートと丘の上に登り、海とロサンゼルスの街を見下ろしながら美しい夕日が沈むのを一緒に眺めていた著者に、ストロングハートが彼の目をしばらくじっと見つめながら、彼が心の中に抱えていた質問に無言のメッセージで答えを返してくれる場面はとても印象的です。

ストロングハートとの深いコミュニケーションを体験した著者は、その後さらにアリやハエなどとのコミュニケーションも体験するようになります。

百年近く前の人と犬との交流を描いたこの本は、今ではアニマル・コミュニケーションとして耳にするようになった人と動物との異種間コミュニケーションについて、深い示唆を与えてくれる作品だと思います。


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