ATMを使う介助犬 動物の本棚(10)

『エンダル』アレン&サンドラ=パートン著、片山奈緒美訳 マガジンランド

この本は、湾岸戦争のさなか、イギリス軍での勤務中の自動車事故で肢体と脳に障害を負ったアレンと、彼の介助犬となったラブラドール・レトリバーのエンダルの実話を描いたノンフィクションです。

イギリス軍の海兵隊だったアレンは湾岸戦争で従軍中、オマーンで自動車事故に巻き込まれて脳に障害を負ってしまいます。
脳の障害で歩くことが困難で車いすを使うことになり、手も自由に動かすことができなくなりました。
さらに脳に負った障害のため、人の感情を理解することが難しくなり、かつてとても快活だったアレンはいつも不機嫌でとても気難しい男性になってしまいました。

そんなアレンに妻のサンドラが介助犬を持つことをすすめます。やがてサンドラは介助犬の子犬を預かるパピィウォーカーもするようになりました。

ある日、アレンを障碍者施設のデイケアに連れて行ってくれるバスが何かの理由で来ませんでした。その日はサンドラがパピィクラスに参加する日だったのでサンドラはアレンを連れてパピィクラスに参加することにしました。

アレンはパピィクラスのにぎやかな集まりを避け、部屋のすみで車いすにすわって不機嫌そうにしていました。誰かがみんなの輪の中にアレンを誘っても、それを拒絶する態度をとるばかりでした。

そこにみんなの輪から離れて、一匹の子犬がトコトコとアレンのところに歩いてきました。子犬は少しだけ足を引きずっていました。
。その子犬はアレンのことを少し見つめてから、ボールをくわえてやって来て、そのボールをアレンのひざの上に置きました。子犬はボールをひざの上に置いたことをほめてもらえるのを待ってアレンをじっと見つめながらしっぽを振っています。
しかしアレンはそれを無視してそっぽを向きました。
そして、しかめ面をしながら「この犬は、私が一人にしておいてほしいことがわからないのか」と思いました。

子犬はアレンにほめてもらえないことにちょっととまどいましたが、やがてそばにあった棚からいろんな物を引っ張りだしてくわえては、それをアレンのひざの上にのせて、アレンの顔をじっと見つめるのでした。
それでもアレンは子犬の視線を無視し続けました。
「ほっておいてくれ。かんべんしてくれよ。」

しかし子犬はあきらめませんでした。スープ缶、ビスケット、シリアル・・・。アレンのひざの上には子犬が持って来た物たちの巨大な山が築かれて行きました。
棚から持ってきたものをアレンのひざの上にのせては、すぐさま棚へと引き返してはまた何かを運んでくる子犬を見ているうち、アレンが感じていたいらだちや不機嫌な気持ちが消えてゆき、だんだん楽しい気持ちに変わって行きました。

そしてひざの上にのせられてグラつく沢山の物たちの山を見ているうちに、アレンは自分が久しぶりに笑っていることに気づいたのでした。
「いい子だ」
アレンが子犬を見つめて話しかけると、子犬はアレンをじっと見つめました。
「なんてきれいな犬なんだろう」とアレンは心の中で思いました。
これがアレンと介助犬エンダルとの運命的な出会いでした。

やがてエンダルは正式にアレンの介助犬となりました。
エンダルは常にアレンのそばにいて、アレンが何かをしたいと思うことを察知して、アレンのサポートをするのでした。

そして車椅子で移動して、手を動かすのも不自由なアレンがATMを使う時には、アレンハキャッシュカードをエンダルに渡します。
エンダルはキャッシュカードをくわえたままジャンプして、壁のカード挿入口にカードを差し込みます。アレンが暗証番号を打ち込むと、開いた取り出し口からエンダルが現金とキャッシュカードをくわえてアレンに渡すのでした。

それをたまたま見ていた新聞記者がいました。
彼はキャッシュカードを見事に挿入口に入れるエンダルに驚き、アレンに取材を申し込んだことからこの本が生まれたのでした。

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