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【オンライン講義】原子力発電

原子力発電と、その稼働によって生じる高レベル放射性廃棄物の処分について、考えてみましょう。とくに高レベル放射性廃棄物の処分については、原子力発電をどうするのかと関係なく、考える必要があります。科学は基準を示します。しかし、その価値は、あなたが判断しなければなりません。

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第7回 原子力発電

世界においては、原子力発電は、さまざまな発電方法のなかの選択肢のひとつとして使われる傾向にあります。そこで、まず世界の電力事情を確認しましょう。国際エネルギー機関の統計から、発電方法別の発電量の推移は以下のようになります。

発電方法別推移

図 発電方法別の発電量推移 国際エネルギー機関より引用

上図で原子力発電は青で示されています。統計が始まった1990年から、2019年の間、もっとも多く発電に用いられているのは、石炭です。大きな発電量を持つのは、次いで、天然ガス水力、そして原子力となっています。つまり、世界的な電気エネルギーは、石炭と天然ガスに大きく支えられています。これらの化石系資源はいずれ枯渇してしまいます。つまり、この需要を代替できる発電方法の開発が急務です。しかし、もし、あなたが、化石系資源を用いた火力発電を代替したいとすれば、安定して供給できる他に、コストが安い発電方法である必要があるのです。こうした課題を、全て解決するエネルギー源として、期待されていた発電方法があります。そう。それが、原子力発電です。1950年代、原子力発電は、夢のエネルギーでした。いつかは、自動車も原子炉を積んで電気の力で走るだろうと言われていたのです。似たような話を聞いたことはありませんか。そう。DDTです。作られた当時は、その効果から理想的なものだと思われていた点や、その後に課題が見つかってきた点は、まったく同じですね。

原子力発電のいまを見てみましょう。

世界原子力発電

図 地域別原子力発電量推移 国際エネルギー機関より引用

直近でみると、欧州が減少するのに対して、アメリカは微増、アジアは2015年から大きく上昇、その他の地域は微増という傾向が示されています。まだまだ発電量は少ないですが、産油国である中東でも、原子力発電が始まっていることは、注目するべきかもしれません。国際エネルギー機関によると、2021年は、2020年度のコロナによる経済停滞からの回復によって、原子力発電の発電量が2019年を8%上回ると予測されています。どうして原子力発電の発電量は増えていくのでしょうか。講義では、原子力発電のメリットとデメリットを詳しく考えます。

1950年代、アメリカでは、原子力発電のベネフィットだけが強調され、夢のエネルギーである、原子力発電を推進することで、電気料金はゼロになるとまで言われていました。しかし、原子力発電のリスクの存在を何回か体験することで、人々は、原子力発電が夢のエネルギーではないことに気づいたのです。その大きな転機のひとつが、1986年、チェルノブイリ原子力発電所事故です。安全装置のない原子炉が、保守点検で暴走し、放射性物質が欧州に広く撒き散らされたことで、原子力発電のベネフィットの裏にある、大きなリスクに注目が集まりました。

原子力発電のリスクは、放射性物質の有害性長寿命に集約されます。ここで検討したいのは、原子力発電に使用した後に出てくる、核燃料の廃棄物です。核燃料の廃棄物は、原子炉から取り出し、新たな核燃料と入れ替えています。この取り出された使用後の核燃料のうち、強い放射線を放つ、高レベル放射性廃棄物は、高い有害性を持っています。そして、原子炉を稼働する限り、増え続けていきます。高レベル放射性廃棄物の最大の課題は、長い間、放射線を放つこと、つまり、長寿命であることにあります。

高レベル放射性廃棄物が無害になるまでの時間は、おおよそ10万年と言われています。10万年という時間の長さをどう評価すればいいでしょうか。たとえば、現生人類が生まれて現在までの時間は25万年です。現生人類が生まれてから現在までの約半分の時間と考えると、その長さを実感できるかもしれません。これだけの長い間、高レベル放射性廃棄物を、安全に、安定に、保管しなければならないのです。このリスクを、あなたは、どのように評価しますか。科学は基準を示します。しかし、その価値は測りません。原子力発電のベネフィットとリスクとを比べて、その価値を測るのは、あなたが行うべき事柄です。講義では、高レベル放射性廃棄物の処分について、どこで、どのように行うべきかについて詳しく考えます。

あなたが地球温暖化を抑えたいと考えるのであれば、原子力発電は選択肢として外せないことは研究者によって指摘されています。一方で、原子力発電には、大きなベネフィットと同じくらい大きなリスクが存在します。また、前回も考えたように、電気エネルギーは科学技術を支え、社会の基盤となるエネルギーです。このエネルギーを、安価に、安定に、かつ、高出力で供給すること、つまり、経済性をもっとも重視するなら原子力発電は、良い選択かもしれません。しかし、人はパンのみにて生くるにあらず、なのです。原子力発電は、人々に安心と安寧を与えてくれるでしょうか。それは、もしかすると、核兵器廃絶という形なのかもしれません。そうだとすれば、原子力発電の価値は高まるでしょうか。それとも、そうではないのでしょうか。また、原子力発電を用いないとすれば、原子力発電以外の方法で、安価で、安定で、高出力な電気エネルギーは、得られるのでしょうか。私たちは、どこでバランスを取ればよいのでしょうか。科学は基準を示します。しかし、その価値は、あなたが決めなければなりません。あなたは、どのような決断をするのでしょうか。

参考

1 実感する化学(下巻) A Project of the American Chemical Society (著), 廣瀬 千秋 (翻訳) NTS出版
2 「使用済燃料」のいま~核燃料サイクルの推進に向けて 資源エネルギー庁
3 国際エネルギー機関 Data & Statistics
4 世界の原子力発電の状況 一般社団法人日本原子力文化財団
5 2020年の主な世界の原子力発電開発動向 一般社団法人日本原子力産業協会 情報・コミュニケーション部
6 原油先物、数年ぶり高値 天然ガス・石炭高騰で代替需要 ロイター 2021年10月18日
7 ロンドン条約及びロンドン議定書 外務省
8 「海底が生まれる場所」の謎に挑む | UTOKYO VOICES 041 2019年3月5日
9 H-IIBロケット概要 JAXA
10 「地層処分」とは何ですか? 原子力発電環境整備機構
11 科学的特性マップ公表用サイト 資源エネルギー庁
12 世界の原子力の基本政策と原子力発電の状況 内閣府原子力委員会
13 北欧の「最終処分」の取り組みから、日本が学ぶべきもの①~④ 資源エネルギー庁
14 フランスが小型原発開発へ 温暖化対策で「原発維持」を明示 産経新聞 2021年10月12日
15 英、新たな原子力発電所に資金拠出へ 実質排出ゼロ目標で ロイター 2021年10月18日
16 Nuclear energy, ten years after Fukushima Nature 2021年05月05日
17 世界のエネルギー供給における原子力の役割は縮小している Natureダイジェスト  Vol. 18 No. 5 
18 世界の核弾頭一覧 長崎大学核兵器廃絶研究センター
19 放射性物質汚染廃棄物処理情報サイト 環境省

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