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【オンライン講義】まとめと分析

8回に渡って開講されたオンライン講義は、いかがだったでしょうか? 科学のなかでも、私たちに身近な事例に絞って話を進めてきました。8回の講義を通して、世界を見る視点が少しでも増えれば嬉しいです。

まとめ

さて、オンライン講義についてかんたんに解説します。
第1回は、この講義の主目的を理解するために、私たちの認識が如何に曖昧か、そして、正しい決断とはなにかについて考えました。そして、第2、3回で科学技術について考え、第5~7回で資源の重要性について考えました。また、第4回と第8回は特別回として、ある状況における人々の視点からの決断と、それらの人々のためにあなたに何ができるのかを考えました。

第1回の講義は、動画の時間で言えば10分と短いですが、対面で講義を行っていたとき(90分)とまったく同じ内容を行っています。対面の講義では、学生に考えをまとめ、提出する時間を設けていますので、動画で見ると短く見えても、実際にはかなりの時間を要します。とくに、対象となる1年生は、これまで受験勉強で、正解を出すことに集中してきましたから、こういったある意味で正解のない問いに慣れておらず、なかなか考えをまとめることができない傾向があります。そこで、第1回では、わかりやすい題材をもとにいくつかのパターンで、正解のない問いに対して決断するとはどういうことかを体験してもらっています。

それ以外の第2、3回も対面講義で用いた内容をリファインして実施しています。また、第5~7回は、第8回の内容を決めた時点で、どうしてもここまでやっておきたいという内容が決まりましたので、対面授業なら2回分の内容を1回に詰め込んでいます。そのため、やや難しく感じたかもしれません。学生からも、データが多く、何度か見直して理解を深めたというコメントがありました。

特別回となる第4回は、対面授業では定期テストとして実施していた内容です。こちらも動画の時間は10分と短いですが、学生にとって、それぞれの視点から考えるのはなかなかに難しい体験です。対面授業では90分間で時間を余らせる学生はいませんでした。ある学生は、テストの欄外に以下のようなコメントを残しています。

私は難しいことはわかりませんが、これらの人々が決してわかり合えないことだけはわかりました。

互いの正義が衝突するとき、私たちはどうするべきなのでしょうか? 正解はありません。しかし、これが現実の話である以上、私たちは決断しなければならないのです。
ちなみに、オンライン講義での平均解答時間は180分となっています。ひとつの事実が、視点を変えるとまったく別の価値を持ち、それぞれの価値がぶつかっているとき、私たちはどうするべきか、また、そのなかに私たち自身が含まれるとき、私たちに何ができるのか、この決断はかんたんではありません。

第4回で定期テストの内容を実施してしまいましたので、第8回では新たに考えるべき内容を設定しました。ニジェールという国について、ほとんどの日本人は知らないと思います。私自身、第8回の内容を考えるまでは、ニジェールという国名以外はほとんど知識を持ち合わせていませんでした。国土の2/3がサハラ砂漠である最貧国のニジェールの唯一の資源は、ウランです。しかし、原子力産業が悪とされる現在、ニジェールは危機に瀕しています。ニジェールは、どうすれば、私たちと同じ豊かな暮らしを送れるようになるのでしょうか。また、そのために私たちには何ができるのでしょうか。この決断もかんたんではありません。

講義を通して、物事を多様な視点で見つめる視点を身に着けてもらえればと期待していましたが、学生からもそのようなコメントがあったことは大変嬉しい結果でした。ある学生は以下のようなコメントをくれました。

これらの視点は、先生が考えてくれたものです。それをただ受け入れるだけでなく、自分自身で、事実をこのように多様な視点で見ることができるようになりたいです。

講義の準備はなかなか大変でしたが、学生からの積極的な反応があったことは、とてもうれしく、こういったときに教員としての楽しさを実感します。

分析

オンライン講義の課題は、学生間の情報の共有が難しいことです。どうしても教員と学生の1対1の関係になりやすく、他の学生がどのように考えているのかという多様な視点が抜けてしまいます。そこで、学生の回答を分析し、全体の傾向を学生にフィードバックすることで、同じ講義を受ける他の学生がどのように考えているのかを感じてもらうことにしました。

学生の回答は、文章で行われます。そこで、これらの文章から、全体の傾向を分析する必要があります。文章を定量的に分析することはできるのでしょうか。答えを言えば、できるのです。それは、テキストマイニングとよばれる手法です。テキストマイニングについては、以下の動画でかんたんに解説しています。

この手法を用いて、学生の回答を分析して、全体的な傾向を見つけ出すことができます。今回用いたテキストマイニングのツールは、KH coderというアプリで、無料で、かつかんたんな操作で、テキストマイニングを行うことができます。そこで、KH coderの対応分析とよばれる手法で分析した学生の回答の傾向を見てみましょう。

以下の図は、第4回の学生の回答を、視点ごとに対応分析した結果です。成分1と成分2の0が交わる部分が中心で、ここに近づくほど、文章の特徴量が少なく、中心から離れるほど、文章の特徴量が大きい傾向を示します。ここでは、対応分析の細かい分析結果よりも、赤字で示された視点の位置に注目してみましょう。


Q3&4対応分析

図1 第4回の学生の回答の対応分析結果

文章の特徴量が似ているのは、鉱山開発会社の現地社員と社長です。2つの視点は、立場が似通っているため、文章の特徴も似通っていることが示されています。一方で、先住民族は中心に近いところにあります。これは、先住民族に関する記述は、他の視点の記述と似た部分が必ずあるため、特徴量が低くなっているのでしょう。また、記者とあなたの視点は、それぞれ大きな特徴量を持っています。記者は中立な視点、あなたの視点は、どのような犠牲を払うのかの視点ですから、それぞれの特徴量が大きく違い、かつ特徴的な記述になっていることがわかります。
あなたの視点では、物を大事にする、寄付をする、そして、何も犠牲は払えないの3つの記述が多い傾向がありました。ニューカレドニアの先住民族がどれほど悲嘆に暮れていても、私たちは便利で豊かな暮らしを捨てることはできないのです。学生は、冷淡に回答しているわけではありません。悩みつつも、便利で豊かな暮らしを捨てることの難しさについて言及しています。現実の問題は、ハリウッド映画のようにかんたんには解決しないのだと、かれらは悩みつつ決断しています。

第8回の回答も同様に分析してみました。こちらは講義が終了してしまったので、学生にフィードバックできていないのですが、それぞれの視点を対応分析した結果は以下のようになっています。

Q3&4対応分析

図2 第8回の学生の回答の対応分析結果

ここでも、立場が似ているニジェールの子どもとニジェールの大統領は近い位置にあります。一方で、第4回とは、異なった傾向だったのは、あなたの視点で、特徴量が小さい傾向を示しました。そして、あなたの視点は、ニジェールの子ども、ニジェールの大統領と近い位置にあります。ウランという唯一の資源の利用方法は、原子力発電にほかなりません。そして、愛媛県には原子力発電所があります。学生は、そのような視点で、ウラン産業を記述する傾向がありました。一方で、それらの記述は、他の視点と共通する部分が多くなるため、結果的に文章の特徴量は低く、0近くに位置しています。学生の意見は様々でした。この前の回で原子力について学んでいるので、そのメリットは理解しつつも高レベル放射性廃棄物という大きなデメリットから原子力発電は進めるべきでないという意見もありましたし、この機会に原子力発電を進めるべきだという意見もありました。どちらが正しいということはありません。それぞれが自分自身で考え、決断したことが重要です。後述のエネルギー問題から現在、原子力発電をグリーンエネルギーと見做すべきかどうかが欧州で議論されているようです。巨大なメリットと、同じく巨大なデメリットを持つ原子力発電について、私たちはもう一度議論すべき時なのかもしれません。
また、脱原子力発電を進めるドイツ人記者や、ウラン産業の負の側面に注目する市民団体の文章の特徴量がそれぞれ大きく出ているのは、学生がそれぞれの視点に立って、熟慮し、決断したことを示しています。単なる課題への回答ではなく、学生が真剣に考えて決断したことが、この結果から伺えます。

このように、学生の文章から全体の傾向が見え、自分の回答と全体の傾向を比較することで、まったく同じ講義を受けても、多様な意見があることを知ることで、学生の視野が広がることを期待しています。

長くなりましたが、以上で、オンライン講義「現代と科学技術」のまとめと分析を終わります。もし、あなたが、まだ講義の動画を見ていらっしゃらないのだとしたら、ぜひ動画を見て、考えてみてください。正解はありません。公式はほぼ出てきません。暗記もありません。必要とされるのは、熟慮し、決断することです。そして、できればそれについて多くの人と話し合ってほしいと思っています。

この文章を書いている今(2022/02/28)、ロシアによるウクライナ侵攻で欧州のエネルギー問題が大きくクローズアップされています。天然ガスの主要輸出国であるロシアに欧州も日本も頼っています。そして、天然ガスによる電気エネルギーが、私たちの便利で豊かな暮らしを支えているのです。科学技術は電気がなければ成り立ちません。資源をどこから得て、どう使うのか、それを考える一助になれば幸いです。

文献

1 樋口耕一 2020 『社会調査のための計量テキスト分析 ―内容分析の継承と発展を目指して― 第2版』 ナカニシヤ出版
2 樋口耕一 2004 「テキスト型データの計量的分析 ―2つのアプローチの峻別と統合―」 『理論と方法』 (数理社会学会) 19(1): 101-115


いつもより,少しだけ科学について考えて『白衣=科学』のステレオタイプを変えましょう。科学はあなたの身近にありますよ。 本サイトは,愛媛大学教育学部理科教育専攻の大橋淳史が運営者として,科学教育などについての話題を提供します。博士(理学)/准教授/科学教育