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第二十三話 この項終わり

 ダンスアイドルCha cha Girlsの活動を支える役目を終えて4年、絵を描く生活に戻った。
私は20代半ばから働きながら絵を描く決心をし40年続けてきたので、おこがましいが継続することで何者かになれることを実感してきた。

T先生も社交ダンスのラテンダンスで日本で名を馳せ、世界に通じる道を知っていたからこそ二人を導きたいとの思いがあったろう。
諦めずに続けることで未来に繋がる何かを得られることを二人にも経験して欲しかったが、アイドルごっこはゲームオーバー。
アイドルの活動は4年にも満たない。

絵描きになりたい、という私の情熱に比べたら、お話にならないくらいの熱量の低さだった。本気度が感じられなかった。
「やらされている」感から抜け出せなかったのだろう。
これでは夢は叶わない。

アイドルをデビューさせた2017年は専業だったが、経済が立ち行かなくなり
一年ほどで私は働きに出た。
T も新型コロナウィルスの影響下で、何の仕事をしていたのか不明だが、うまくいかなかったろう。雇われた先からの給与の未払いがあったかもしれない。T から私への返済が滞りがちになった。私はT を罵り憎んだ。T からの入金の遅れから不動産ローンとカードローンの返済に私自身も苦しみ、一人ではどうにも持ち堪えられず、マンションを処分して実家に帰ろうかと思い悩んだ。

2020年7月、債務承認弁済契約公正証書を作成した。T が返済の責任を負う証明になる書類であったが、だからと言って完済を保証するものではない。
2022年7月に法律事務所からTの破産申立の準備に入るとの書面が届いた。
その日から債権者は取り立てをしてはならない。
結局、公正証書を作成してから二年間ほどしか返済されなかった。

本人からは、体調を崩して仕事ができず破産の手続きをすると連絡があった。
債権届出書を提出するも、法律事務所から経過の報告はなかった。返済を免れたT からの入金が途絶えた。

一年以上が経った2023年10月、裁判所からTの破産手続開始通知書が届いた。
破産というものは債権を帳消しにするもので破産者が再生できる仕組みではあるのだけれども、お金を貸した方は損するばかりだ。
免責不認可事由をあげても9割は破産が通るらしい。
1月に形式上、破産手続廃止に関する意見聴取のための集会が行われて、その後Tの破産は確定するだろう。

コロナの感染拡大で画廊の企画が軒並み中止になり、私も2020年の個展は控えたが
その前後は毎年開いている。今年も開いた。
同時に借金の返済を全額引き受けて毎月支払いをしているから、相変わらずフルタイムで仕事をして、絵を描く時間は少ない。

創作者としては心許ない状況だ。絵の制作の糧になるよう、コンサートや映画を見に出かけたり、自然に触れられる旅をしたいけれど、そんな余裕がない。
自分の中にある何かを掘り起こして描いているだけだ。

人は貸したお金がもったいないと言うけれども、当事者でなければわからないことがある。怒りを再燃させるのは自分に毒を盛るようなもの。過去に囚われて時間や心を奪われるのは虚しい。

ある作家が「人生ほど、生きる疲れを癒してくれるものはない」と言う。
普通であれば、日常の細々した忙しい生活の営みや、やるべき作業で気が紛れて、人生の悲しみを癒し重さを軽くしてくれると言いそうなものだが、この言葉は逆を言っている。日々が人生を癒してくれるとは言わない。

これまで生きてきた個人の経験の蓄積が人生なら、T に対する怒りや恨みを癒してくれたのは、歩いてきた人生の長さと闇の深さだろうか。
そして加齢による鈍感さ!

絵を描くことも絵以外の仕事にも、表現できる場があることは幸せなことだ。
それで十分ではないか、と思う。









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