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凪の記憶


増田常徳氏という画家をyukariさんという方のnoteを通して初めて知った。
隠れキリシタン迫害の歴史を受けた五島列島で生まれとのことで、その絵からもその歴史を彷彿させられる普遍的なものが伝わってきた。

「祈りの声」|yukari (note.com)

そしてyukariさんご自身も五島列島のご出身であり、増田常徳氏の絵を通して、ご自身の中で先祖から受け継いできたもの、そしてご自身の中に存在するものを実に迫力のある情緒溢れる表現で書かれており、とても衝撃を受け、繰り返し読ませていただいた。


彼女が次のような表現で自分の内側に存在するものを表現されていた。

私の頭の中に、奇妙な形の生き物が棲んでいる。頭は馬で、下半身は魚。「海の馬」と呼ばれるそれは、神経、伝達部質、情報、その他多くのもので頑丈に繋がれ、どこを走ることも、どこを泳ぐことも許されず、今も脳という広い海の中に留められている。まるで陸に繋がれた船のように、海の馬は嵐の荒波であろうとも、もはやどこにも逃げられない。

祈りの声 から引用

「海の馬」という頭は馬で、下半身は魚と、ギリシャ神話に登場してくる神々の姿を瞬間的に思い浮かべた。
「海馬」はトドを示し、また、記憶を司る脳の一部を示しており、「海の馬」とはそれらも含めた象徴として示されているのではと思う。


彼女の以下の文章にとても深く響くものがあった。
「私たちは、隠れたかったのでも、隠されたのでもない。私たちはただ、居ること、存在すること、ただそれだけを望んだ」と隠れキリシタンであった祖先からの声として聞こえることもあるようだ。
このメッセージには、隠れキリシタンの方のみならず、現在の社会に馴染めないでいる存在、疎外されている弱い立場の方にもあてはまる普遍的なメッセージである。

彼女自身も繊細であり、今の社会で生きていくことの困難さに触れ、私自身と私の次男とも共通するものを感じた。
濃淡はあるが、私もまた社会に馴染めないままその葛藤に苦しんでいた。
私の場合は、スピリチュアルな世界に自分の支えを求めていたが、現実との軋轢の間の中で苦しんでいた。
次男も学校に馴染めず、社会に馴染めず、生きていくことが苦しいと語り、祈りのマントラや仏画を描いたり、瞑想をしていたこともあった。
次男も私も、海王星の要素が極めて激しく、海の中に入り込んでしまうとなかなか自分で陸に戻ってこれない。


彼女の文章の中で再び海の記憶のある「海馬」が登場してくる。

私の海馬の中にも彼らと同じ、海の記憶が在る。キリシタンの彼らも、画家も、私も、知っているのだ。それでもいつか、時化は止み、いつか荒波は過ぎ去り、必ず凪が訪れることを、私たちは脈々と記憶として受け継ぎ知っている。だから祈れるのだ。「どうか凪ぎますように」と。画家の絵の前で、やっと祈りの言葉が見つけられたと思った。

祈りの声 から引用


消される者たち、消し去られた者たちの姿を、絵として、美として救い出す画家の絵は、私の傷が誰かの心を倒さないようにそこにモノの姿で立ってくれていると思った。悲しみ、苦しみをモノとして立脚させるため、それを裏側で支える画家の心に感謝したい。「自分は見ていたよ」とのメッセージに感謝したい。凪の光景を思い出させてくれたことに、心から感謝したい。

祈りの声 から引用



彼女は画家の絵を通して、お父様と一緒に祈りの場に舟で行った際の海の凪の光景を思い出し、そこに彼女自身の生きていく支えになるものを見出したのだと思う。凪とは祈りでもあり、心の静けさにもつながる。


最後の行に置かれた、以下のメッセージは、今の海馬の嵐に抗うことではなく、受け入れて、内側が凪になることを待つという大きな意識の飛躍のようなものを感じた。

「私の海馬に吹き付ける嵐も、いつか必ず凪ぐ」


彼女の同じ同郷の増田常徳氏の絵から流れてくるものと彼女自身が受け継いできたものが昇華され、まるで神話のような普遍的な要素を含んだとても深い内容だと感じた。
普遍性が高い内容だからこそ、自分自身や次男とも重ねることができた。
次男においても次男の凪の記憶を見つけていけると現実との折り合い方も抵抗が少なくなっていくように思う。




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