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矢舟テツロー・トリオ @曼荼羅(20240120)

 耳と舌を満たす薫香で包んだ、軽妙洒脱なひととき。

 トマトの酸味を利かせた味わい深い特製カレーを食しながら、洒脱にジャズ・ミュージックを嗜む。門外漢の者にとっては、ジャジィ・ヒップホップなどジャズ・テイストの作風は好みであっても、真正面から“ジャズ”というとどこか難解な印象を持ってしまうのだが、肩肘張らずに気軽にジャズを楽しめるイヴェントを、昨年結成20周年を迎えた矢舟テツロー・トリオが〈JAZZ NIGHTLY〉として開催。小雨が降る夜、吉祥寺にある老舗ライヴハウス「曼荼羅」へと駆け付けた。曼荼羅は以前から矢舟テツローが世話になっている馴染みのライヴハウスとのことで、〈JAZZ NIGHTLY〉は第4弾となる。これまではゲスト・ヴォーカルを迎えたこともあったが、原点に返って今回はトリオでのステージに。矢舟テツロー・トリオとしては2024年の初ライヴとなる。

 この日の昼には、下北沢のモナレコードでミアナシメントのライヴがあったのだが(記事→「Mia Nascimento @mona records(20240120)」)、以前、矢舟はミアナシメントをヴォーカルに擁してMILLI MILLI BAR(ミリミリバール)という“座って聴ける、オトナのアイドルポップス”をコンセプトにしたバンドで活動していたこともあり(ミアナシメントは2代目ヴォーカリスト)、本日の昼から夜にかけて、奇しくもミアのアーティスト活動の軌跡を辿ることにもなった。

 1セットでそれぞれ8曲、アンコール曲を加えての全17曲、ジャズ・スタンダードから名曲カヴァー、そして自身のオリジナルまで、軽妙洒脱な音楽という名の耳での嗜みと、特製カレーにカクテルやビールなどのドリンクという喉と脳を潤す舌の嗜みという、音と食二つのディナー・メニューを取り揃え、トリオが奏でる音に身体を委ねながら、耳と舌の欲に任せてみる。そんな気取らない居心地の良さが、矢舟のジャズ・イヴェントにはしっかりと存在していた。

 また、素朴な語り口なのだけれど、曲の合間に挟まれるMCもさりげないアクセントの一つとなっていて、一見それほど語りそうにない優男な感じだが、口を開くとなかなかだったりもする。クスッと笑わせる話や、前ぶりもなくシラッと小西康陽とで交わした会話を、小西のモノマネをして話したりする(本人も似ている、気に入っていると思っているのか、矢舟のイヴェントでは小西のモノマネが聞けることが多い)。

 メンバーを紹介する際、矢舟が、ドラムの柿澤龍介が世界の料理に明るく、以前には柿澤主催のイヴェントでビリヤニ(南アジアのスパイシーな炊き込み飯)を提供して売り上げを保てたというエピソードを披露したゆえ、柿澤が有名ホテルやレストランのシェフに見えてしまって仕方なかったが、その包丁さばきならぬ、スティック捌きに目が惹かれていく。表情を崩すことはない職人肌な印象で、派手なドラミングはないものの、身体の軸がブレない安定感あるビートで、知らずのうちに心地よいリズムを刻ませてくれる。

 センターに陣取った大きなウッドベースを抱える鈴木克人は、眉間にしわを寄せ、思慮深い表情で弦を弾いていく。その佇まいは哲学者か吟遊詩人かといった感じだが、爪弾く音には温かみと深みが折り重なったよう。矢舟の軽快な鍵盤が走るハウス・ジャズ風なアレンジのかまやつひろし「ゴロワーズを吸ったことがあるかい?」での、滑るようなグルーヴを奏でるソロパートでのベースラインなどが印象的だった。

 その2人に対して、矢舟はヴォーカルこそ優しくジェントルだが、乗ってくると、まるでロデオのように椅子から跳ねて立ち上がったりもする。ファッツ・ローラーが作曲したジャズ・スタンダード「ハニーサックル・ローズ」(「Honeysuckle Rose」)を日本語詞カヴァーした「ハニーチャイは恋の味」ではおもむろに立ち上がってヴォイスパーカッションならぬマウストランペットも披露。表情には見えづらくても、胸の内はなかなか情熱的な感情の持ち主ではないかと踏んでいるのだが、どうだろう。「ザ・ギフト」(「The Gift」)の名でも知られるブラジルのボサ・ノヴァでジャズ・スタンダードとしても著名な「リカード・ボサ・ノヴァ」のような、ラテン・テイストも加味したパッショネイトなエナジーが伝わる曲風との相性もいい。

 1stセットの終盤で披露した「あまく危険な香り」は、山下達郎のカヴァー。以前、アルバムのプロデュースを依頼した小西康陽に矢舟自身の楽曲を聴いてもらうため、2、30曲を送ったそうなのだが、小西から“気に入った曲”として示された2曲のうちの1曲がこの「あまく危険な香り」だったとのこと。その時は「2、30曲のうち気に入った曲がたった2曲で、そのうち1曲は僕の曲じゃない……」と当時はショックを受けたという。ただ、そういったこぼれ話が出来る関係性を築いているということだろう。

 カレーの薫りがフロアに漂うなかで2ndセットがスタート。「急にカレーの匂いが充満して……これだったら最初からカレーの蓋を開けておけばよかったかも」などと語りながら、引き続きリラクシンなムードで洒落っ気たっぷりに音を奏でていく。20年常にトライポッドとして演奏をし続けてきた訳ではないとのことだが、長く適度な距離感で関係性を繋いできたこのトリオだからこその阿吽の呼吸と、どこかのパートだけを強調し過ぎず、それぞれの音の粒を活かしたバランスが、矢舟テツロー・トリオが奏でる耳当たりの良さを抽出させているのではないだろうか。

 ミュージカル『ベイブス・イン・アームス』(『Babes in arms』)で発表され、その後にマイルス・デイヴィスのインストゥルメンタル・カヴァーや、フランク・シナトラ、エラ・フィッツジェラルド、サラ・ヴォーンらの歌唱で著名な「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」は、次のライヴの時にはヴァレンタインデーが終わっている予定ゆえ、2月のヴァレンタインデーを先取りしての選曲とのこと。

 やや潰れた声でタイトルを叫ぶ、躍動感溢れるヒップなジャズ「ワック・ワック」を終えると、矢舟と鈴木はビールを、柿澤は炭酸水を片手にして観客とともに乾杯を。こういった一コマは、こじんまりとしているが、距離感が近いライヴハウスならではの光景か。

 学生時代やシンガーソングライター活動を始めた(食べ物をテーマにした楽曲を多く作っていた)当初より、曼荼羅系列のライヴハウスで世話なった方からライヴの度に「矢舟くんのライヴ聴くと、お腹すいちゃうんだよね」と言われ、その都度披露してきたという「イタリアン・トラットリア」では、イントロのスキャットや節々で唸るような声で歌うなど、従来の軽やかでスウィートなイメージを変えた、ファットで刺激的なアレンジに。ベースとドラムがズドンと大地を踏み鳴らすように響くなか、次々と押し寄せる波のごとくピアノが走る丁々発止のセッションが、鼓動を高める。「バケツみたいな 大皿のスパゲッティー / 取り分けて食べるのさ」のフレーズよろしく、ワイワイ集った仲間でパスタを食べあさる光景が思い浮かぶようだった。

 終盤は「ストレイトン・アップ・アンド・フライ・ライト」「L-O-V-E」のナット・キング・コールの楽曲の間に、「上を向いて歩こう」のインストゥルメンタル・ジャズ・カヴァーを披露。曲の世界観に合った夜空を想わせるゆったりと、しかしながら可憐で小粋なアレンジで、味の濃い“イタリアン”を味わった耳を爽やかにする、デザートのような心遣いも。フロアのクラップとともに愉快なリズムで「L-O-V-E」を英語詞と日本語詞をミックスして披露し、本編を終えた。

 アンコールは当初はナンシー・ハミルトン作詞、モーガン・ルイス作曲のジャズ・スタンダード「ハウ・ハイ・ザ・ムーン」(「How high the moon」)とオリジナルの「会えない時はいつだって」の2曲を予定するも、サプライズトークが弾んでしまったか、「ハウ・ハイ・ザ・ムーン」はカット。「会えない時はいつだって」は、前述の小西が気に入った楽曲のうちの1曲とのこと。ちなみに、逆に(矢舟いわくライヴでは、ソロパートを回しをしたり長めの曲だからか)「イタリアン・トラットリア」はあまり好きじゃないそうで、小西に「あれは……ミュージシャンのエゴだ」言われたとモノマネしながら語るなど、ポロポロとエピソードを話すアットホームな感じも、このイヴェントの醍醐味の一つだ。

 スタイリッシュな音やセッション、軽妙で大仰でないムードとともに、矢舟が持つポップネスがそこかしこに溢れることで、ジャズに明るくなくとも気軽にジャズを味わえるのが魅力。ピチカート・ファイヴの2ndアルバムを全曲カヴァーした最新作『矢舟テツロー、ベリッシマを歌う』も話題だが、矢舟自身のシンガー・ソングライター時代の楽曲をトリオのアレンジで披露したらどのように調理するのだろうといった楽しみ(妄想)も抱えながら、音と食に満たされたまま、夜の吉祥寺を後にした。

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<SET LIST>
≪1st set≫
01 Don't get around much any more
02 Tea for two
03 ハニーチャイは恋の味
04 ゴロワーズを吸ったことがあるかい? (original by かまやつひろし)
05 Willow weep for me(instrumental)
06 Recado bossa nova
07 あまく危険な香り (original by 山下達郎)
08 Vierd Blues(instrumental)

≪2nd set≫
01 Bartender
02 Blue minor(instrumental)
03 My Funny Valentine
04 Wack Wack(instrumental)(original by Young-Holt Unlimited)
05 イタリアン・トラットリア
06 Straighten up and fly right (original by Nat King Cole)
07 上を向いて歩こう (original by 坂本九)
08 L-O-V-E (original by Nat King Cole)
≪ENCORE≫
09 会えない時はいつだって

<MEMBERS>
矢舟テツロー(vo,p)
鈴木克人(b)
柿澤龍介(ds)

矢舟テツロー・トリオ(鈴木克人 / 矢舟テツロー / 柿澤龍介)

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矢舟テツロー・トリオ @曼荼羅(20240120)(本記事)

「曼荼羅」特製カレー


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