見出し画像

小説「リーマン救世主の憂鬱」 第21話

 同僚達は皆、心を決めていた。

「転職サイトに登録したんだ」
「いいサイトってどこなんだろう」
 

 やりたいことをするには力がいる。そのことを学び、そのための方法を考えた挙句の選択なのだろう。
 そもそも俺たちの世代は同じ会社に何十年もいようとは思ってない。新入社員の時からそうだ。いつか辞めると常に考えている。
 こうやって何もできない30代を過ごし、40代後半にやっと力を持つまで一つの会社にしがみつく気なんてサラサラない。
 堪え性がないと言われればそれまでだが、早く力を持ち、給料を上げるには転職が一番なのだ。

 でも寂しさはあった。俺だって口出しはしないまでも何かをしようとする同じ世代の中にいるのは悪くはなかった。こいつらがいなくなって、俺はあの新社長と山園とうまくやっていけるだろうか。そんな不安もあった。

「加藤。お前はどうするんだ?」
「ああ。そうだな。俺はまだいようかな」
「なんで?いたって意味ないじゃん。楽しくないだろ」
 すると他の同僚が言った。
「こいつは新社長に気に入られているからな」
 

 新社長なんてどうでもいい。でも、俺はわかっているんだ。会社なんてどこに行ったって楽しくはないと。だから何も言わないだけなんだ。


「気に入られてなんていないよ。それに俺も彼らは好きじゃない。ただ正直、履歴書書いて、転職活動してってめんどうくさいだろ?まだそれをやるほどな・・・」

 本当に転職活動はめんどうくさい。

 俺達みたいなエグゼクテイブじゃない奴らはヘッドハンターから声なんてかからないから、下手すれば20社くらいに履歴書を送ることになる。そして面接になれば何度も同じ嘘を説明して疲弊する。そんなことはできればしたくはないのだ。

「なるほどな。お前は根気強いな。でもあんな会社じゃ何もできないぞ。どんどん仲間もいなくなるし。今は転職も売り手市場らしいからするなら今だぞ」
「かもしれないけど他の会社でやりたい事とかもないから」
「まあそりゃ俺もないよ。この会社で楽しかったのはみんながいたからだし」
 谷山があまりにも寂しそうな表情をするので、場が静かになった。
「そうだな。確かに」
「でもさ、俺らはいつまで転職し続けるんだろうな。定年まで何回するんだろう」
「そもそも俺ら定年できるのかな。その後も働かなきゃじゃないか」 
 確かにいつまでこんなふうにして働かなきゃいけないのだろう。今、35歳。60歳まででも25年。さらに貯金もたいしてなければ親の遺産も期待できない。逆玉にものれなければ働き続けなくてはいけない。
 

 例えば45歳で管理職になって数年だけ会社で自分の好きなことができたとして、じじいになった俺は今度は掃除のおじさんとかになって、若者にこき使われたりするのかもしれない。終わらないループ。まさに地獄だ。悪魔ですらこんな地獄を想像できないだろう。
 

 と言うかそもそも、会社でできるやりたい事なんてたかが知れている。死んで神様に「あなたはなにをしてきましたか?」と問われて、管理職になって会社でこんな事をしましたって言っても神様は、で?って感じだろう。
 そんなの何の意味もない。とは言え、ないものはない。このままだと本当にどうしようもない人生で終わりそうだ。

「宝くじ当たんないかなあ」
 

 誰かが言った。突き詰めるといつもそうなる。俺達は確率の低い大逆転を夢見る日々を過ごすしかないのだ。
 

 ふと、明日香の悪魔の契約を思い出した。今の俺らなら、確実に悪魔と契約するだろう。金を得て誰かのために奉仕できるなら。いや、本当は会社を辞めても生活できるなら・・・。

 するとちょうどよく、居酒屋に明日香の曲が流れた。
「俺、この曲好きなんだよ」
「俺もだよ」
 しんみりと、みんなで曲を聴いた。
 

 俺達は何万とある会社の中から今の会社を選び奇跡的に一緒に働いている。そして一瞬でもその会社に情熱を注ごうとしたが破れた。そして今は将来への不安を共有している。そんな状況がなんとなく切なくて、この時間は青春っぽくて悪くないと急に思えた。悪魔が宿った声とは言え、俺達みたいなサラリーマンをほんの少しの時間でも救ってくれた彼女の歌は、やはり素晴らしい。谷山なんて涙を流していた。さすが国民的歌手だ。

 でも、この時間は人生の中で忘れ去られる一コマであることはわかっている。こいつらは友達ではなくて同僚だ。転職した後は会うこともないだろう。

 彼女の声がこの世から消えた後には俺達もバラバラになっているだろう。そうやって人はすれ違いながら生きていく。

 でもそんな俺達の一瞬の感情を輝かせるために彼女の歌はある。例えそれが悪魔の歌声だとしても。

僕は37歳のサラリーマンです。こらからnoteで小説を投稿していこうと考えています。 小説のテーマは音楽やスポーツや恋愛など様々ですが、自分が育った東京の城南地区(主に東横線や田園都市線沿い) を舞台に、2000年代に青春を過ごした同世代の人達に向けたものを書いていくつもりです。