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小説「リーマン救世主の憂鬱」 第24話

 同僚の転職活動は思っていた以上にうまくいっていなかった。

 谷山は威勢良く10社ほどの会社の面接を受けたが、1社も最終面接には進めないでいた。
 もう一人は管理職採用だけを狙った挙句、面接にさえ進めなかった。さらに転職サイトに登録はしたが次の日に「あなたに紹介できる仕事はございません」と門前払いを受けた奴さえいた。
 なんとかミクスで景気が良くなり、30代は売り手市場なんて言われて、俺達も転職を当たり前だと考えている。しかしこの現実は、残酷な時の流れを如実に示した。

 つまり俺達は転職市場において優良な30代に含まれていないと言うことだ。
30代というのは30歳前半の者か、40歳近くであれば管理職の経験をしている者の事を言うのだ。つまり35歳という中途半端な年齢で管理職の経験もない人間達は対象ではない。
 世間は若さと経験を求めている。そのどちらも持っていない者には行き場はない。

 この事実を目の当たりにし、同僚の疲弊はさらに濃くなった。今の会社にはいたくない。しかし次の会社が決まらない。辞めてしまいたいが収入がなくなれば生活ができない。閉ざされた選択肢。
 転職する気はないとは言え、俺にとってもその事実は恐怖を生んだ。この会社では管理職になれる可能性は低い。40歳近くになっても状況が変わらないで、転職を決意したとしても受け入れてくれる会社はないかもしれない。
 じゃあ、今の会社で管理職になれるように奮闘するのか。新社長のご機嫌を取り、山園の言うことを聞き、完璧なるロボットを演じて?
 できないことはないかもしれない。でも、そうしたところで将来への約束はない。それに、管理職になったからなんなんだとも思う。人生の最終目標はそこではない。

 部長になりたい、社長になりたい。そんな野心はそもそもない。俺も管理職どうのこうのと言っているが正直、給料が上がるのと、権力を持てるからと言うのと、次の転職をする際に肩書きが役に立つから程度の理由しかない。
 じゃあ人生の最終目標は何か。出世に興味もなく他の目標もない。このまま悪魔祓いだけしていればいいのか。そんなわけがない・・・。
 

 同僚の転職の面接の体験談も俺を暗澹とさせた。面接では必ず聞かれる質問がある。

「今の会社を辞めたい理由は?」
 この質問をされた時に
「上司のコミュニケーションが取れなく自分の意見が通らなくてつまらない。新社長は仕事をどんどんふってきて、残業が多い。しかも若い世代にチャンスを与えてくれないので転職したいんです」
 なんて正直な理由は受け入れられない。なぜなら変化に対してポジテイブな人間ではないとみなされるからだ。要するにどの会社も同じなのだ。物言う可能性のある人間はいらないということだ。だから嘘をつかなくてはいけない。

 「新しいチャレンジ」「自分のステップアップ」「御社の事業と理念に感銘を受けて」と、とにかく前向きな動機を伝えなくてはならない。
 面接相手もそんなの嘘だとわかっている。面接官だってだいたが同じ穴の貉だ。それに会社を辞めるのに、ネガテイブな理由がないわけがない。
 志望動機だって同じだ。給料がいいからとか家に近いからとか、残業なさそうだからなんて言ったら終わる。
 小1時間の嘘を何十社も続けて、それでも受かるわけではないのだから転職活動は辛い。会社を休んで面接に行ったのに落とされたら無駄に有給が減ったと思ってしまいさらに疲れる。
 て言うか、なんでこんな嘘をつく面接をやらせるのか。本当は皆こう言いたいのだ。

「ともかく御社にもさほど興味ないけど、今の会社は面白くないし、転職すれば給料上がるし家近くなるし、仕事はちゃんとやるんでどうですか?」と。
 

 面接で嘘をついて会社に入っても自分を演じ続ける必要がある。本当に会社員は大変だ。俺はこれをあと何年続けるのだろうか。本当にもう嫌すぎる。
 

 千里由美にこの話をしたら、当然のごとく一蹴された。

「馬鹿なの?働かないと食べていけないんだからちゃんとやりなさいよ。お金もらってるんだし。だいたい、与えられた環境でしっかりやれないならどこ行っても同じよ。てか、あんた自分をいくつだと思ってるわけ?」とのことだった。

 シンに至っても同じだ。
「俺からするとお前らなんて選択肢が多すぎる。甘えんなよ」
 

 神父はいつもの笑顔でこう言った。
「将来への不安がない人はいませんよ。いいじゃないですか。大いに悩めば」
 

 この千里眼と犬族と天使は、特殊な人生を歩んでいる割には普通のことしか言わない。悪魔の侵攻よりも迅速に進んでいるのが新社長や山園の侵攻だと言うのに、彼らには何も響かない。
 それも当然か。彼らはやる事が明白なのだ。選択の自由はないかもしれない。でも、自分が何をすべきで何をするべきではないのかがはっきりしている。
 俺達は、少数の才能がある者を除いては、生まれた時から自分がやる事、やりたい事を見つける旅にでる。そして、ほとんどの人間がそんなもの見つけることができない。そして迷いの旅路に入る。
 結婚とか子供ができれば、生活の維持と子育てが指針になるのかもしれないが、果たしてその道が合っているのかも不透明だ。
 離婚しているカップルを見てしまうと家庭を作ることが必ずしも正解とは言えないし、結婚生活に満足している人間も見たことがない。
 はっきりとした人生の目標がある千里由美やシンや神父がどれだけ羨ましいか。転職はする必要ないし、何よりも腹をくくることができる。これでいいんだ。これが自分の人生なのだと。
 迷いなく毎日を過ごしたことなど、何も考えていなかった子供の頃以来、俺はない。

 まあ、それでも最近はマシな方だ。雰囲気の良くない会社に行きながらも週一回の悪魔祓いができている。
 変わらないルーテイーンは退屈かもしれない。でも、俺のような迷える子羊には助かるところもある。何も考える必要がないからだ。
 矛盾しているのはわかっている。お前の中に迷いはずっとあるんじゃなかったのか?と。もちろん根底にはある。でも、ループする毎日は幻想の安定を与えてくれる。
 例えば彼女ができたりした奴と変わらない感覚だと思う。週末に楽しみなことがある。そのために月曜から金曜日をこなす。そして彼女に会って楽しく過ごす。それからまた同じ心持ちで毎日を過ごして彼女に会う。
 特に付き合った最初の頃はこの幸せな無限ループもどきが一生続くのではないかと思う。永遠などないとわかっていても現実への入り口をわからなくしてくれるループは心地良い。

 それにしてもなぜ悪魔祓いをこんなに気に入ってしまっているのだろう。神にも興味はないし、世界を救おうなんて考えていない。ただ、他に競合もいないし、ちょっとした秘密めいたところがあるのも理由の一つかもしれない。芸能人にも会えたし。
 同僚には少し引け目を感じることもある。転職して3年。やる気があるように見せかけて俺は何もせずにいた。そのおかげで、会社にうまく順応しているように上司に思われている。今のところは転職先が見つからない不安もない。冷たい奴だと、うまくやったなと思われているかもしれない。
 でも、俺みたいな割り切った会社員にはなるべきではないとも思う。理想とか情熱を捨てて生きていくなんて面白くはない。
 俺だって、本当は好きな仕事でバリバリ働いて、充実した毎日を送りたいという欲求はある。そんな仕事に出会えたら、きっとそうしている。でも俺の現実は違う。だから、趣味がある事くらいは許して欲しい。会社に残る事も。
 

 定時を過ぎた。同僚の多くはまだ会社にいる。やる気はなくとも、仕事量は変わらず、帰るわけにもいかないのだ。そんな中で、悪魔祓いがあるからと言って帰ろうとする自分が後ろめたい。すると、新社長が山園を伴って俺のデスクに現れた。

「加藤君。飲みに行こうか。ちょっと仕事の話もあるし」
 同僚の視線と耳が俺に集まっているのがわかる。
「仕事ですか・・・」
「そう。君には色々してもらいたい事があるんだ。山園部長も交えてね」
 

 会社員としての出世の階段。ある意味ではチャンスだ。この会社に愛着があり、仕事が好きならそう思うだろう。しかし俺にはそんな気持ちは毛頭ない。
 それに、同僚が多くいる中であからさまに俺を誘ってくる事にムカつきを覚えていた。まるで彼らに、「逆らえば未来はない」と言っているのと同じだと。
 ただ、ここで断ったら俺の平穏な生活が壊れるかもしれない。呑気に悪魔祓いに行っている暇もなくなり、転職活動をしなくてはならなくなる可能性もある。
 社内を見渡すと、同僚の顔が疲弊しいているのがわかった。会社は何の為にあるのだろう。誰かに何かを提供して利益を得ているのに、なぜそこで働く人間は必ずしも幸せではないのか。
 金がもらえて生きていられるのだからいいのか。そうやって多くの人間が使い捨てられて人生を終えていくのが正しいのだろうか。
 

 新社長も山園も、結局は俺らと同じだ。大きな組織の中で誰かに使われている。あんたらはそれでいいのか。本当にそれで満足なのか。
 いや、あんたらは凄いよ。完璧に会社のロボットを演じきる事ができる。それが間違いであるとは言わない。生活を守る為に選んだ選択だ。仕方ない。
 でも俺達はそんなの嫌なんだ。だからって何がしたいかと言われたら困るけど、とにかくそんな大人にはなりたくない。正直に生きて行きたいんだ。
 

 そうか。俺が悪魔祓いが好きなのは、そのままの自分でいられるからだ。不思議な能力を使い、神父や、千里由美やシンとそこまで嫌いじゃない奴らと語らいながら、嘘をつかずにいられる場所。
 できれば仕事にしたい。でも、それはできない。だとしたら、さっさと会社を出て悪魔祓いをしたい。て言うか、こんな奴らと飲みに行きたくない。
 

 欲求が抑えられなくなり気づくと、俺はこう言っていた。
「予定があるんで。仕事よりも大事な」
 すると新社長と山園がため息をついた。
「なんだ。君も同じか。仕事より大事なことなんてあるのか?君らは何を考えているんだ」
 

 二人が去ると、すぐに後悔が押し寄せた。
 どうして断ってしまったんだ。しかも仕事より大事なことなんて余計なことを・・・。平穏がなくなる。俺はこの先どうなるのだろう。
 正直に生きるというのは何でこんなにも難しいのだろう。

僕は37歳のサラリーマンです。こらからnoteで小説を投稿していこうと考えています。 小説のテーマは音楽やスポーツや恋愛など様々ですが、自分が育った東京の城南地区(主に東横線や田園都市線沿い) を舞台に、2000年代に青春を過ごした同世代の人達に向けたものを書いていくつもりです。