見出し画像

短編 「暖房を止めた部屋で」

暖房を止めた僕の部屋は冬の冷気に包まれていた。寒さはまるで隠れて会わなくてはいけない2人の関係を壊そうとする世間の常識のようで、僕らを引き離そうとしているように思えた。

僕達は冷気を遮ろうと、常識から逃げようとして、毛布の隙間を無くし、身体を密着させていた。そのおかげで、ベッドの中だけは暖かく自由だった。僕は彼女を背中から抱き、彼女は僕の手をずっと握り、止めどなく言葉を紡いでいた。

「なんでこんなになんでも話ちゃうんだろう」

「え?」

「なんか、聞きたくないことも言っちゃってるかなあって」

「そんなことないよ。君が思っていることは全部知りたいから」

彼女が少し、僕の手を握る指に力を込めた。僕も指先に力を入れて応えて、癖のある髪にキスをした。

「でも、辛くなったら教えてね」

「辛くなんてならないよ。心配しなくていい」

すると、彼女が僕に顔を向けた。そして僕の身体にしがみ付いた。胸に彼女の柔らかい唇を感じると、僕は小さい顎に指をかけてその唇を引き寄せた。

無数のキスと吐息が、毛布の中の温度をさらに上昇させた。すると、寒かった部屋の温度も上がり、窓に水滴が付きはじめた。不意ににその事に気づくと、僕は常識でさえも2人の関係を壊せはしないと、そしてこの関係は本物だと信じたんだ。

この冬の夜、どんな場所よりも暖かく、熱く、幸せに溢れたこの部屋での一時を、僕は忘れることができない。

だけど、部屋の外の温度は1°として変わっていなくて、常識は常識のままで、ベッドの中の君の温度もいつかは冷めてしまうことに、僕は気づいていなかったんだ。


#恋が主食同盟 #忘れられない瞬間#小説「鎗ヶ崎の交差点」



僕は37歳のサラリーマンです。こらからnoteで小説を投稿していこうと考えています。 小説のテーマは音楽やスポーツや恋愛など様々ですが、自分が育った東京の城南地区(主に東横線や田園都市線沿い) を舞台に、2000年代に青春を過ごした同世代の人達に向けたものを書いていくつもりです。