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一瞬の大切さ

パートナーが初めてオーダーシャツを作ると言うので、都内の百貨店について行った。

そこで彼はホワイトの、ドビー織りの生地を選んだ。上流階級の人々は、オーダーシャツなんて当たり前に着ているんだろうなときれいに並んだブランドメーカーの生地を眺めつつ、各パーツのパターンを一つ一つ選んでいる彼の横で、こうした上質な生地であったであろうあの政治家のホワイトシャツが、血に染まったシーンを思い出した。

銃撃翌日のことで衝撃的であったから、余計にふと過ったのかもしれない。

政治とは直接縁のない私でも、あのようなことは絶対にあってはならないと憤ったし、仕事の合間に速報を気にしながら助かってほしいと切に願った。そして数時間後の訃報には言葉にならない悲しみが広がり、深夜まで同じ情報しか繰り返さない報道にむなしさを感じた。

救命措置の限度は、権力者だろうが一般市民だろうが同じなのだから、どんなに輸血しても助からないのは仕方がない。

それにしても、ああ、人間はなんて儚いのだろう。

ついさっきまで意気揚々と話していた人が、一瞬で命を奪われてしまう。発砲前後の映像を見て、あのときああしていれば…と、どれほどの人がもどかしさを感じたことだろう。倒れたときにはすでに心肺停止状態だったというから、本人も何が起こったかわからないまま、意識が遠のいたように思う。

あれほどの政治家ならば、いろいろなことが走馬灯のように駆け巡り、頭に浮かぶ同志たちがたくさんいただろうに。奥様の顔さえ浮かぶ間もなかったのではないかと思うと、本当に無念だったと思う。心から冥福を祈りたい。

このような報に接した時、大事な人を突然こんなかたちで失くしたくない、とあらためて思う。失くしたくない、なんて当たり前のことだけれど、だからこそ当たり前の日常の中で大事な人と一緒に居られる一瞬一瞬の大切さを噛み締める。



上半身サイズの計測を終え、販売員から約1カ月後に仕上がることを伝えられた私たちは、「楽しみだね」と話しながらフロアを後にした。

ピンと張った上質なホワイトシャツ。普通に働いていて汗にまみれることはあっても、さすがに血に染まるようなことはないと思いたい。

そして、彼にしか馴染まないシャツだから、できるだけ長く袖を通せますようにと、願ってやまない。