noteを始める理由
今まで自分は文章を書くことが苦手だと思っていた。それは上手に書けないと思っているから。相手にどうみられるのかが怖いから。
話すことも大好きだけど、話すこともどこかで、相手の顔色をうかがい、空気を読もうとして悲しい気持ちになって話すのをやめてしまうことがある。
常に他人にどうみられるかが気になって、自分のやりたいこと思ってることをおいといて、人を優先することが癖になっていた。
FBもTwitterもブログも長続きしないのは、どこかかっこ悪い自分を隠したいから続けられなかった気がする。だからこのnoteでは少しだけ正直に誰かに話すように表現することができればいいなと思っている。
仕事を辞めていろんな事に気が付いた。
思ってもみない困難が立ちはだかり、まあまあ焼け野原感となり、本当に嫌でも自分自身と向き合うことになった。
誰かに言わせればそれは私の壮大なコントで自分で脚本を書いた末の現状。思い返せば自分でそう仕向けて、そうなりたかったのかと思わされることばかりで、今になると笑えてくる。まあまあしんどかった。今もまあまあしんどい。でももうこれはこれから良くなっていく伏線としか思えない自分も本当に考え方が変わったなあと思う。
それは心屋つながりからの心理の話、予祝や、宇宙の法則、引き寄せなどなど体感しながら本当にそうなんだと思わされたことがどんどん増えていく。自分の感覚を信じて、自分が心地のいいことに従うと不思議とそこに願った現実がある。
「ない」と思っていたことが「ある」を見るようになっただけで変わったということもある。
「ある」を見るようになるとその時怖くてもいいことがあるようにしか思えなくなるから不思議。その代わり周りの人が感じている不安や恐怖をどうにかして変えたいと思うのはまだまだ厄介な癖。その人の問題だからと思いながらもなかなかほっておけず、いいひとになりたくなる。
まずは自分が楽しんで、心地いいを感じる。
自分に集中する
noteをはじめることで、どれだけ自分のことに集中して、インプットを自分ごととしてアウトプットしていけるのか
「平成」が終わるこの日に
新しい元号「令和」に向けて