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著者に逢う [Niccoさん] 「母が若年性アルツハイマーになりました。」

書籍……『母が若年性アルツハイマーになりました。——まんがで読む家族のこころと介護の記録
◆著者……Nicco
体裁……A4判変型/168頁/1,500円(税別)
発行……2018年4月
発行元……ペンコム


今年4月、『母が若年性アルツハイマーになりました。——まんがで読む家族のこころと介護の記録』という本が出版された。認知症の人と家族の会・千葉県支部の会報に長らく連載されてきたものが一冊になった。

カワいい絵と手書き文字で綴ったこの本の作者は、イラストレーターのNicco(ニッコ)さん。20年前に始まり、2016年に他界されるまでのお母様と、それを支えたお父様ならびに娘(Niccoさん)の記録だ。

千葉県船橋市へ、そのNiccoさんを訪ねた——。



——お母様に対して「あれ?ヘンだな」と感じたきっかけから教えていただけますか?

Nicco——
私たち家族は、実家の近くで暮らしていました。
今から20年前、保育園の登園を嫌がる娘が、その日、遠足さえも拒否し、仕方なく私は娘を連れて実家まで歩いて「遠足ごっこ」をしたんです。遠足を休むなんて……。大事件だったこのことを後日母に話すと、「そんなことあったかしら?」という返事。すごくびっくりしたのを覚えてます。このとき、母は57歳でした。今思うと、私の中ではこれが母の異変の始まりでした。

——本の中では、手先が器用で社交的だったお母様に、だんだんと状況に合わない言動が増えていく様子が描かれていますね。

Nicco——
はい。それでも、私には、母と認知症とはまったく結びいていませんでした。あちこち病院にも行ったんですが、結局、アルツハイマーと診断されるのに5年かかりました……。

——いろいろなエピソードから、その間、お母様がどんなに不安だったかと同時に、ご家族がどれほど心配したかがよく理解できます。

Nicco——
みんなが辛い時期でした……。

——その後の介護は、同居されていたお父様が中心に担ってこられたようですが、とても献身的で前向きですね。あれこれ工夫をして在宅介護にあたる姿も、介護者の「お手本」のようです。

Nicco——
父はずっと「仕事人間」で、「オレはお母さんに25年苦労をかけたから、これから25年お母さんを看ればいいんだ」と言っていましたね。

——ジグソーパズルが好きだったのに、簡単なパズルを完成させるのも難しくなってきたお母様がでてきます。あるとき、パズルのピースを「ハサミで切ってはめている」のを、お父様が「いいんだよ。お母さんがよければそれで」と眺めているシーンも印象的です。

Nicco——
何がなんでもパズルを完成させたいというのも母らしいですし、こんなときに余裕をもって構えてられる父も素敵です。こうしたことって、世間ではいわゆる「問題行動」とされてしまいがちですが、誰も困るわけじゃないですよね(笑)。どうとらえるかで、まったく違ってくるということでしょう。




——デイサービスや小規模多機能型居宅介護なども利用されてきて、こうしたサービスを使うことでどうなるか、あるいは職員の人たちとどう関わればいいのかなどについても、とても参考になりました。

Nicco——
母が70歳で、小規模多機能施設を利用していたとき、ホームでの移動は車いすになってしまったんです。
私なら遠慮してしまいますが、父は「車いすに頼らないようようにしてほしい」と施設側に伝えました。父の意見に施設側は素早く反応してくれました。「今日は、歩行器を使って歩く練習をしました。今後も週3回程度行っていく予定です」と。私は、家族が「モノ言う」ことも大事だと知りました。

——長年にわたるお母様の介護を通して、得られたこと、よかったことをあげるとすれば何ですか。

Nicco——
なんでうちのお母さんが病気にならなきゃいけないのかって、悩んだり悔しがったりしたこともありましたけど、「人がどうやって生き、どう死んでいくのか」を、母がしっかりと見せてくれたことです。それと、私自身も認知症になること、なったときのことを想像できるようになった点ですね。

——いま現実に介護にあたっている人たちに、「介護で大切なこと」をアドバイスするとしたら、どんなことがあげられますでしょうか。

Nicco——
1つは「笑顔で接すること」。1つは「自分の口で食べて、自分の足で歩けるよう、できるだけ支えること」。もう1つは「いろいろな情報を得ること」です。この3つはすごく大切なことだと思います。

——最後に、この本をどんな人に、どんなふうに読んでもらいたいですか。

Nicco——
つらい気持ちがよみがえって、この本を書くのが苦しい時期もありました。でも、今はよかったと思ってます。昔、子育てで辛かったとき、同じ経験をもつ人の本を読んで救われた経験があったので、この漫画を読んでくれた介護中の人が、少しでも気持ちが軽くなるといいな、と思っています。

——そうですね。今日はありがとうございました。この本が多くの方に届くことを祈っております。

Nicco——
最後に母へ。「お母さん、まさかこんな形でお母さんのことを描くようになるとは思わなかったよ。天国で読んでみてね」。




インタビューを終えて……

認知症になるといろいろなことが起こる。さまざまな変化が生じる。簡単に言えばそういうことになるが、本人・家族にとって、それらの “質量” はとても大きいと思う。

誰もが認知症になる時代——。今、私たちは、認知症を他人事ではなく「自分事」としてとらえる必要性に迫られている。ただ、本当に「自分事」としてとらえることができる人、つまり自らが認知症になる姿を十分に想像できる人、あるいは、自らが認知症になることをこれからの「人生設計に組み込んでいる」人は、そう多くない。

「どうなるかわからない」「そのときになってみないとわからない」。たしかにそうかもしれない。けれども、一足先に認知症になった人、介護家族の方たちのリアリティあふれる経験談にたくさん触れる。それが私たちにできることだ。

その意味で、本書『母が若年性アルツハイマーになりました。』は、けっして介護の本にとどまらない。「認知症になってからのその後の人生」を自分事として想像し描くための、秀逸なテキストブックとさえ思える——。


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Nicco著『母が若年性アルツハイマーになりました。——まんがで読む家族のこころと介護の記録』(ペンコム発行)