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象と流木、そして鹿児島

歳をとると嗜好や味覚が変化し、子どもの頃は美味しいと感じられなかったものが美味しく感じられたり、あまり響かなかった曲がじんわりと良く聴こえたりする。

30代半ばでそんな変化が起こり始め、40代後半になるとその変化がなぜ起こったのかを考えるようになる。

海辺を歩きながらそんなことを思った。

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90年代後半、九州で営業マンをしていた頃、鹿児島エリアの担当になり福岡から隔週で鹿児島を訪れていた時期がある。

鹿児島には福岡営業所にとって重要な売り上げを占める大口の取引先があり、そこの会長は個性的でパワフルで業界でも有名な名物会長だった。

96年、入社一年目の時にセールイベントが行われるその取引先に先輩の手伝いで行ったことがあり、搬入が終わった夜には会長主催の慰労会(ただの激しい飲み会)があった。

鹿児島の取引先が主催で納入業者各社の九州出身営業マンたちが芋焼酎で酔っ払い騒ぐ様は、なんでもほどほど、無欲でのんびりした県民性の三重で生まれ育った自分には異様な光景に見えた。

これが鹿児島か…。
これが西郷隆盛か…。
これが九州か…。

つい数ヶ月前まで学生だった新入社員が、目の前で繰り広げられる光景に怯んでいることに気付いた同行の先輩が耳打ちする。

「そんな飲まなくていいから適当にやり過ごせよ」

先輩のお墨付きをもらったのを良いことに、宴席の隅で気配を消してパクパクとさつま揚げを頬張っていた。


酒が進み宴の盛り上がりがピークに達する頃、会長のリードで下ネタ漫談が始まった。鹿児島弁で語られる下ネタ漫談は全く理解できない単語が多かったが、それが下ネタだということはよくわかった。

さらにヒートアップする下ネタ漫談。すると会長が手拍子を始め浪曲のような、詩吟のような節をつけてオリジナル下ネタソングを唄い?吟じ?はじめる。合いの手を入れて盛り上げる営業マンたち。地獄のような光景だった。

これが営業マンの生き様か…。

ご満悦の会長は営業マンたちに下ネタ詩吟を披露するよう促す。慣れた様子で続く営業マンたち。奥さんとのあれこれや昔の彼女とのあれこれを吟じ、その内容に突っ込まれてその人のターンが終わる。

3ターンぐらい進んだところで会長が宴席の隅で気配を消している新卒の男を指さした。まさか自分が指名されるとは思ってもいなかった。

90年近くも生きているのになんて空気の読めない会長だ。どっからどう見てもこの状況でどっと湧く下ネタをブッ込めるような生き方をしてないだろうことは誰の目にもわかってたはずなのに。

先輩の方を見る。
いいからやれ、と言わんばかり。
腹を括って吟じた。


その先の記憶はまったくない。
酔ってもいなかったのに。

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前置きが長くなりすぎた。


その鹿児島の会長は下ネタの他に流木収集が生き甲斐だった(らしい)。商談に行くとバイヤーとの話が終わる頃に流木を片手に現れて小一時間は流木の話を聞かされる。

「これはオイのとこに舞い降りた竜や。」

白く細長くうねった流木を持ってきた会長はそう言った。恐らく何十回も聞かされているであろうバイヤーは「またこれか」という表情を少しも見せないレベルまで鍛えられている。

「おぉ、この部分が竜の眼のように見えますね。うねり方に竜のような躍動感がありますね。」

下ネタ詩吟はうまく吟じられなかったが、流木トークには乗っかりやすかった。

ぞう

先日、地元の海辺を散歩したとき、象の頭に見える流木が転がっていた。それを見て鹿児島での記憶が蘇った。

あれから20年が経ち、苦手だったネギを食べられるようになったし、ただの流木に象を感じられる歳になったいま、下ネタ詩吟もそこそこ上手く吟じられるような気がする。

でも残念ながら披露する場がない。

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