見出し画像

風邪でもない、喘息でもない長引く咳



空気が乾燥して寒くなるこの時期、咳の相談が増えてきます。
咳は2〜3カ月から、長い方で10年近く症状が治らないというケースも見られます。咳が長く続くと、肺陰(はいいん)を消耗し、それが咳をこじらせる要因となっていることが多々あります。肺陰とは肺を潤す体液のことで、中医学では【肺は潤いを好む臓腑】と考えます。
「肺陰の消耗」とはすなわち、「肺が乾燥」している状態を指し、例えば季節による外気の乾燥が肺に影響すると、のどや鼻の乾燥、空咳、しわがれ声、呼吸器の粘膜に潤いを失うと血の混じった痰や鼻血が出ることもあります。今年は猛暑であったことや、夏にコロナやインフルエンザ、つらい風邪が蔓延し、肺陰の消耗が激しく、ウイルスが沈静した後も、咳だけが残り、病院の咳止めやステロイド吸入ではなかなか改善しない咳の相談が、夏以降多く見受けられました。

【長引く咳の原因は乾燥】

先日40代女性から「何か月も咳が続き、ステロイド吸入をしても治まらない」とご相談がありました。
問診の上、漢方薬をご提案したところ、1週間で咳が改善し大変喜んで頂きました。この方は職場のエアコンが強く、舌を診ると苔が少なく(少苔/乾燥体質)、粘膜の潤い低下がみられたため、肺を潤し咳を鎮める処方(養陰清肺作用・よういんせいはい/処方:麦門冬湯、養陰清肺湯など)をお渡ししました。

他にも、約2カ月咳が止まらないという 60代女性にも肺を潤す処方をしました。本人は風邪だと思っていたようですが、咳以外の症状は無し。痰の無い空咳で、この方も舌の苔がなくツルツル。これがまさに乾燥のサインです。 詳しく問診してみると、「水分をとると咳き込むから」と水分も控えていたそうです。漢方服用を開始して程なく咳が治りました。この方の場合、咳のせいで腰痛まで響いていた症状が軽減したと、咳以外の体調回復も喜んで頂き、私たちも嬉しい限りです。

近年は夏も熱中症予防でエアコンを積極的に活用し、知らず知らず空気の乾燥が悪化しています。外気自体が乾燥のすすむ冬でさえも、昔のようなお湯のはったヤカンを置いたストーブはなくなり、エアコンによる暖房を活用している家庭は多く、特にお年寄りにおいては、自身が想像している以上に肺が乾燥しているケースが多いです。
一般的な医薬品には痰を切るものはあっても、気管支や肺を潤すことで咳を鎮めるという医薬品は漢方以外でほとんどありません。肺は臓器の中で最も乾燥を嫌います。乾燥の原因は、空気が乾燥しているという外的要因もあれば、体質的に体の潤いが低下している内的要因もあります。体質的に体の潤いが低下している人は「陰虚」体質といい、体に水分をキープしておく力が低下しているため、いくら水分をたくさん摂っても乾燥しやすいという特徴があります。
咳の原因は様々です。また乾燥とは逆に、身体(肺)の水分代謝が悪く停滞しているために、咳がひどくなるケースもあり、その場合は前述とは全く異なる処方(去痰利湿作用/きょたんりしつ)を用います。

【咳の原因が違った親子のケース(同病異治)】

中医学では、
『同病異治(どうびょういち)』(同じ症状でも体質や原因が異なれば、全く違う治療を施す)
というように、 同じ病気でも必ず一人ひとりの体質に応じて治療法を探る必要があります。

前述した乾燥の咳とは異なる変わったケースでいうと、以前お越しになった喘息と診断されていた7歳男子のご相談です。
このお子様の場合、お母様が6年以上も喘息でお悩みのところ、当店の漢方(養陰清肺湯/母親は乾燥が原因)を服用したところ10日もかからず劇的な改善が見られ、その流れで幼少の頃よりお悩みだったお子様の喘息に関しても治してほしいとご来店されました。ステロイド吸入、気管支拡張剤、抗ヒスタミン剤、気管支収縮抑制剤などでは良くならず、肺を強くしようとプールにも通って頑張っていました。
しかし、詳しくお話を聞くと、プールに行った日の方が余計に咳がひどく現れる点や、暖かいところから寒いところ行くと咳が出やすいと症状がありました。中医学の場合、呼吸は肺だけではなく腎の働き(肺は呼気を主り、腎は吸気を主る)とも深い関係があり、腎機能の低下や冷えでも「喘息」や「慢性の咳症状」は悪化すると考えます。
このお子さんの場合、プールで下半身に位置する腎が冷えたことが、喘息の悪化に深く関係がある可能性を説明し、体質に応じた漢方薬(補腎陽・降気平喘/腎を温め、気を納める)をお渡ししました。
後日、「びっくりするほど良くなりました!」とのご報告があり、詳しくお聞きすると、思い切ってプールを休会し、冷たい飲み物やアイスを控えたところ、すぐに症状改善が見られ、以後はお子さん自ら日頃から腹巻をするなど、積極的に養生したところ、全く咳が出なくなったとのことでした。お母様はじめ、ご家族皆さんが本当に驚いていらっしゃいました。
このお子さんの場合は、漢方をほとんど飲まなくても、生活の改善で完治に至ったケースではありますが、共通する咳に悩まされていた親子が、全く異なるアプローチで改善した症例になります。
中医学では、咳以外の身体の様々な症状に、この同病異治の概念が応用されています。

余談ではありますが、腎臓は体内の酸素濃度が低下すると、腎臓から骨に造血ホルモン(エリスロポエチン)が送られ、骨髄で赤血球を増産、その赤血球が酸素を運び、全身に酸素が行き渡るという仕組みを担っています。科学的にも腎臓と呼吸は深く結びつきがあるのです。
中医学が科学がまだまだ発展していない遠い昔から、腎臓と呼吸に深く関わり合いがあると考え、理論化していたことに、改めてその奥深さに敬意の念を抱きます。

これから冬本番を迎えて、長くつらい咳でお悩みの方は多いはずです。
病院の治療をひととおり行ってもなお、症状が改善しない場合は、是非ともお近くの漢方相談を訪れてみてください。
驚くほど、治りが早くなる場合が十分にありますので!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?