新卒ライターの方とコアなダダトークをしたという、別に何でもない話
「変な仕事」ってあると思うんです。変な仕事。特に業務委託という立場にいると「嘘やん、それ俺でいいの?」とか「それは御社のなかでやるべきでは……?」とか、そんな仕事が発生することもあって、2019年10月くらいに依頼主の制作会社さんからこんな相談が。
「新卒でディレクターのインターンが10人くらい来るんだけど、1人はライターにしたいんですよ」
「はぁ(……とほほ、わしの仕事減るのかしら)」
「それでね、ライターの子を選んでほしくてさ」
「え? 私が?」
「うんww あと入社後の教育もお願いしたくてww」
「え? はぁ(中途でライター取ったほうがいいのでは……)」
「もちろん相応の報酬は……」
「やります。やらせてください」
その翌週に会社にお邪魔して、1人ひとり新卒の子にヒアリングをした。で、話を聞くとディレクターというポジションにこだわっておらず、むしろクリエイティブ側をやりたい子が2人いて、本人の同意を得たうえで軽いテストをして1人に絞ったわけだ。まさか私がライターを採用し、育てることになろうとは……。
もともと彼女は相当な猛者なのである。某名門大学の文学部在学中からクラウドソーシングのハイクラスライターとして活躍していたそうで、世に溢れる主婦ライターよりは遥かに筆力がある、と判断した。まぁ経験が豊富で執筆のスピードも速く、文章の論理も通っていたのだ。
このご時世だが、無事に彼女が4月1日から入社したようで、昨晩コミュニケーションがてら流行りのZoom飲みを持ち掛けてみた。おとなしい方なので断られると思ったが、意外にもすんなりとOKの返事が来た。いざ開幕するとこれが久しぶりに文学トークに花が咲いて楽しかった、というマジで何でもない話です。ただおもしろかったので紹介したいっていう。それだけの話。ビジネス展開を期待している方はスルーしてください。
ほんと偶然なんだけど先日は澁澤龍彦の記事を書いて、今回は稲垣足穂の話が主になる。このマガジンではダダイズム、シュルレアリスムを紹介するので、まぁ本筋からは外れないし載せようかな、と。本人の許可もとったし。
ただ超プライベートな飲み会の様子なので、変な発言もあると思うけど、タルホファンの方、できれば怒らないで。優しくしてほしい。
インターン時に猛者の片鱗を見せていた
人を説明するときは名があったほうが楽だ。姿と口調がpanpanya漫画の”あの女の子”によく似ているので、panさんと仮名しよう。panさんとはインターン中にもたまにコミュニケーションを取っていたのだが、そのとき既に猛者の片鱗が見えていた。
好きな作家を聞くと「泉鏡花」と「稲垣足穂」と「川上弘美」と「ロアルド・ダール」だと。明治・昭和・平成・海外で1人ずつ出てくる稀有なパターン。セレクトがいい。ブレてないっていうか、ちょっと攻めたのが好きなんだな、と。
それと「中村文則と西加奈子と又吉直樹みたいな……この最近人気の作家界隈が馴れ合っている感じに嫌悪感を覚える」と。これ、やけに尖っていて笑う。
――では乾杯! いや~、panさん入社おめでとうございます。いよいよ社会人が始まりましたね。
ありがとうございます。
――どうですか? 実感はある?
ありますよ。「ない」っていうのが正解なのかもしれないけれど。
――「ない」っていうのが正解とは?
実感はありますか?っていう質問に「あります」と答える人ってあんまりいない気が……。メダリストとか訃報のときとか……。あれはなぜだろう。インタビュアーに気を遣ってるのかな。住所さん「ないです」って言ってほしかったですか?
――(笑)。たしかに十中八九「ない」って返ってくると思ってました。
あるんだなぁ、これが(笑)。なんかごめんなさい。
――いやいや、あるに越したことはないので(笑)。在学中からライターの仕事をしていたから、あんまりスタイル変わらないかもですね。
たしかに、最後のほうは授業もほぼなかったし。成果報酬型から固定給に変わっただけかもしれません。見事に安定を得ました(笑)。
――ちなみに学生時にはクラウドソーシングでいくらくらい稼げたんですか?
コンスタントに月10万円くらい。最高で20万円ちょっとくらい……? まぁ奨学金もあったんで、そこまでは苦労してなかったです。
――え、それ結構すごいんじゃ……。文字単価3円だとしても、月に3万~6万字とか? 学生で授業を受けながらそのレベルはえぐいっすね。panさんは、なんでアルバイトではなく受託ライターを?
もともと1年生のころに居酒屋でバイトしてたんですよ。楽しくなかったので1カ月で辞めて(笑)。次にゲームセンターで始めたんですけど、単調作業過ぎて、仕事中に腹痛を覚えるようになり(笑)。書店だったらいけるかな、と思って大手書店で働いたんですけど、やっぱりルーティンで腹痛を起こして……。職を転々として3カ月経った結果、ライターをしたいなと。
――もう、アルバイトをすることはあきらめたんですね。
はい。結局「楽しいことしか続かない」と悟りを開きまして(笑)。私の場合は場所とかジャンルじゃなくて仕事そのものだったんですね。書くのは好きだったんで、別に記事ジャンルはどれでもよかった。
――場所とかジャンルじゃなくて仕事って面白いですね。業種じゃなくて職種だったって感じですか。
そうです。本が好きなので書店だったらうまくいくかな、と思ったけどダメだった(笑)。結局、コンテンツを作るのが好きなんだなぁと。業種じゃなくて職種ですね。あと、書店員のときに新潮文庫が「想像力と数百円」っていうキャッチコピーを復刻で出してたんです。このコピーすごいなぁって。ライターやってみようかなぁという気に(笑)。
――糸井重里さんの名コピーですね。なるほど。それでライターに。ちなみにその時はどんな書籍を読んでいたんですか?
う~ん、たしか足穂にハマり始めたときでしたね。特に「一千一秒物語」に没頭していて、Wordにまるっと写してました(笑)。もくもくと。
――おぉ、panさんそうえいば足穂好きでしたね。衝撃作ですよ。最初に読んだときは「こんなんありか」って震えた覚えが……。
ですよね! あんな変な作品、この世に1つしかない(笑)。何を読まされてるんだ私はって。でもまた読みたくなる不思議な作品。足穂はだいぶ傾倒してますよ、自分でもそう思う。
――他の作品はどうですか? 少年愛系とか……
「弥勒」とか「ヰタ マキニカリス」とかも好きで……。あの人が少年愛研究をするのって、ごく自然ですよね。奇をてらってるわけではない。そこが好きです。
――ムムっ……。どういうことですか?
稲垣足穂が書くテーマって少年が好きそうなものばかりじゃないですか? あの人自身がすごく少年ぽいなぁ、と思うんです。たぶん少年に憧れているんですよね。だからあの人自身がショタ愛を持つのって分かる……。
――なるほど。確かに天体とか月とか、あと飛行機とか……足穂は少年ですよね(笑)。
そう。これは勝手に論文を書きまして(笑)。少年愛を書いている作家って、結構多いと思うんです。特にあの時代は。三島とか、あと横光もちょいちょい少年物を書いてますよね。なかでも足穂はあまり性的ではない純粋な目で見ているなぁって。そこが好きでした。
――私も学生のころ、論文対象に横光利一の「春は馬車に乗って」を選んだんですよ。横光だと「蠅」もやっぱり鮮烈だった。蠅視点で人間の滑稽さを観るっていう……。新感覚派の時代ってすごく面白いですよね、それまでの文学のカタチが見直されたっていうか。今の日本語ができた時代っていうか。
住所さん、横光好きなんですね。すごい。新感覚派って好き嫌いが分かれるので、なんかよかった(笑)。安心しました。そうか、前に軽くダダの話をしましたよね。
――ですね。新感覚派かつダダの日本作家って読みますか?
吉行エイスケが好きなんです。令和のいまでも新しい作品ばかりと思います。しかしまぁ足穂もダダと親和性高い気が(笑)。
――確かにダダ=秩序の破壊という意味では、一部かすっている気もしますね(笑)。月を拳銃で撃ち落としたり(笑)。
月をロープで捕まえたり(笑)。
――ちなみに私は新感覚派のダダでいうと高橋新吉が好きです。
「皿」ですね(笑)。
――「皿」です(笑)。ちなみにpanさん、チューリヒやベルリン、ニューヨークのダダは好きなんですか? すこし文学の領域を超えた美術分野の質問になっちゃうんですけど。
作品としてはベルリンのコラージュ文化とか合います。でもチューリヒがやっぱり純粋なダダって感じで好きですね。ハンス・アルプとか。あの無意味な感じが気に入っています(笑)。
――ツァラでもリヒターでもなく、アルプなんですね(笑)! なんか渋い。
アルプのあの紙を適当に投げただけの作品が良くて……。笑っちゃいますよね(笑)。あれでいいのか!って(笑)。ダダがなければ芸術なんて考えようがないといってもいい。私はダダを知らずに芸術を語る大人、あんまり好きじゃないんです(笑)。
――「泉」はまさにそうですよね。レディメイドでも芸術足りうるのかっていう……。でもダダの考えって基本そうですもんね。合理性の破壊。でもさすが名門私立の文学部……お詳しいですね。大学時代はどこかサークルに? 文芸とか?
いや、まったく属してなかったので、1人で日がなカフェにこもってクラウドソーシングばっかりやってましたね。あとは本を読んだり映画を観たりと、1人でもけっこう楽しくやっていました。
――おぉ。ライターっぽいですな。どちらかというと1人が好きなんですか?
いや、決してそんなことはないんですけど、ただ、あんまり話が合う人がいなかったというか。こう、うまく輪に入れなかったというか(笑)。いつの間にか1人に……。
――お察しします(笑)。では大学時代は、ほぼ1人で?
そうですね。ほぼほぼ。最初のほうは友人もいたんですけど、話すうちに合わないなって(笑)。こう、共通の話題がアニメとか漫画だったらうまくなじめそうだったんですけど、話す通り新感覚派文学とかダダとか、泉鏡花と芥川の関係性とか(笑)。なかなか分かってもらえない。紹介すると「おもしろいね」とは言ってくれるけど、実際に作品を体感してくれることはないし、気になって調べることもない。結果、あんまり盛り上がらない。みんな優しいから否定しないけど、たぶん興味は無いんでしょう(笑)。
――泉鏡花、たしか芥川に手紙書いてたんですよね(笑)。伝わらないのはすごく分かります。私も学生時代からダダ・シュルレアリスム関連の作品を蒐集して、たまに作品を作ってますけど、なかなか伝播しない(笑)。でも「おもしろいね」とは言ってくれる。
そうなんですよね。でも好きだから周りが話しているのを聞いてると、こう頭のなかで周りの発言を置き換えてしまうんですよ(笑)。これは私が頭でっかちでエゴイズムでダメなんですけど。大学時代は、それで話についていけなくて。
――え? 例えば?(笑)
友だちがふざけてあっかんべーとかすると「アンダルシアの犬みたい……」とか思っちゃったり(笑)。みんな笑ってるんですけど、ここで「アンダルシアの犬みたいだね」とか「ブニュエルかよ」って言ったら空気が固まるんだろうなぁ、とか。
――panさん、優しいっすね(笑)。あとアンダルシアの犬の細かいシーンを覚えてるのがすごい(笑)。あれ何回も見ましたけど、エログロの場面しか覚えてない。あっかんべーとかしてましたっけ?(笑)
ラストのほうで婦人がするんですよ。たしかブニュエルに向かって。あときれいなモデルさんとか見て「高野聖の実写版つくるなら彼女をキャスティングしたい」とか。う~ん、なかなか言いにくいなぁって。
――高野聖の幽霊ですね。確かにあれは描写が緻密だったからか、今でも美女のステレオタイプに(笑)。同じ例だと美脚を見て「カモシカ」ではなく「谷崎」とか言っちゃいそうになりますけどね(笑)。それと、なかなか公言しにくい分野ですよね。新感覚派とかダダとかって。
同感です。基本的に改革派って変な人多いですから(笑)。奇抜な作品とか、反社会的な作品とか。とにかく大衆に寄せる意識があんまりない。その結果、ちょっと過激に映っちゃうんですよね。ナンセンスで不気味だし。意味のないことを好きになる人って、まっとうじゃないと思われるのかな。マジョリティの保守派の人からすると怖がられるのかも。
――まぁでも同感。趣味で自動筆記やってることを打ち明けると、離れていく人は多いですよ。その結果、かなり閉ざされたコミュニティになってしまう。
私はそこにあまり感情がなくて。こんなこと言いにくいですけど、まぁほとんどの人は離れていくものだと思いますから。無理せずに言いたいことを言えるというか。本当に分かってもらえて、面白みを共有できる人とだけ付き合っていければいいかな、と。
――それがpanさんの”自然”ですもんね。
はい。お仕事のクライアントというか関係者には趣味を打ち明けることはないですけどね。給料もらえなくなったら大変なので(笑)。まぁ友人という意味では、真に分かってもらえる人とだけ関わりたい。
――僕、実はめちゃくちゃステークホルダーですけどね(笑)。
そうでした(笑)。まぁ久々にこんなに趣味の話ができたので……許してください。しかし社会人ってすごい……。
――ですね。ぜひこれからもいい出会いを見つけてください。では来週からよろしくお願いします。
よろしくお願いします。今度、神保町に本を選びに行きましょう(笑)。
morton.subtnickは飲むときに聴くもんじゃない
いやはや楽しい時間だった。新感覚派文学やダダイズムの話を、こんなにも誰かとできる日がくるとは。「アンダルシアの犬」の話をした際に作中音楽の話になり、Morton・Subtnickを聴きながら飲んでいた。
支離滅裂な音楽性の前に、私たちは案の定前後不覚に陥った。猛烈な吐き気に襲われてトイレでリバースしてから戻り、代わりにジョン・ケージを流すことで心を落ち着かせたのは事実である。
今話題のzoom飲みだが、自宅にいるので自由度が高く、自由になりすぎるとこんな過ちを犯すので気を付けるべきだ……というのは余談だが「ダダ・シュルレアリスムが好きだ」という人種は少ないので、久しぶりに深く話せてうれしく、もっといろんな人とこの話題で話せたらなぁと思った、という話でした。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?