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なんで僕の通知表だけヒンディー語なんですか?

いつだったか「タイムカプセルを埋めよう」という話になった。言いだしっぺはたしか磯部で、その日はあたしが20歳になった日。埋めるのにちょうどいい場所をさがして、おんな3人でぶらぶら歩いたんだっけ。「山に行こうよ。誰も知らない杉の木のふもとに埋めよう」って。

「タイムカプセルって名前、なんかいいよね」
「うん。なんかね。センチメンタルで」
「そうそう。なつかしいし、きれい」
「そういえばさ、タイムカプセルっていう曲があったよね」

本宮は「林檎のタネも一緒に入れてぇ」と歌い出した。磯部とあたしはその曲を知らなかったけれど、なんとなく知ってるふりをして歌ったのを思い出す。

否、ここはすでに戦場です。
わたしだけでも逃げておくれ。
どうか、わたしだけでも
大丈夫になっておくれ。

ひのこは兵士。ひのこは兵士。
銃弾はひん馬みたくわめいていた。

撃たれたあの子は有名な歌ばかり
真似して口ずさんでる。
頭の中身に映画のフィルムと
林檎のタネも一緒に入れて。

「海に来ちゃったね」
果たして20分も歩き続けて、あたしたちは夕焼けのなか、波の音を聞いていた。寄せてはかえす波の残響は、何かむなしさを引き立たせるためのSEだ。

「あれ、こっちって山側じゃなかっけ」
「磯部、あんた。まじかよ」
ふざけて肩甲骨のあたりを突くと、磯部は ぶへへ ぶへへ ぶへと笑った。そうだ。あの子、顔はかわいいのに笑い声が他を寄せ付けないほど汚かった。そこが好きだったんだけど。

「もう、ここでいいんじゃない?」
本宮の提案に磯部も「そうしよう! ほら砂浜に降りるよ」とばひばひ笑いながら両手をあげる。あたしの誕生日なんだけどなぁ、と思いつつ砂浜に降りた。ゴミだらけだけど、ふかふかしてる。夕焼けはキケンなほど真っ赤で、今にもマグマが噴き出しそうな浜を歩くのは悪くなかった。

楽しくなってきて、靴と靴下を脱いで駆けた。磯部もおんなじ。ふたりで波打ち際まで走って思いきり海を蹴ってみた。しぶきは透明で、でも青くて、とても赤い。

本宮は「ちょっと待ってよ」と言いながら満面の笑みで靴と靴下を脱いで追いかけてくる。そのまま波打ち際であそぶあたしたちを追い抜いて、勢いよく海に入った。波が彼女のスカートを濡らす。太ももを、おなかを、胸を濡らす。それでも本宮はかまわず進む。ものの1分くらいで、遠く海原のなかには彼女のアタマだけがポツンと浮かんでいた。ときおり波が彼女を完全に隠す。黒髪が海水のなかをうねる。ついにまったく見えなくなる。彼女は完全に入水した。

磯部とあたしは何も言えずに、本宮がいた場所をじっと見つめていた。無言だった。波の音がさっきよりも単調に聞こえる。さぁー、さー、さぁー、さー、さぁー。

「とりあえずさ、タイムカプセル埋めようよ」
磯部は浜辺から太めの流木を拾うと、穴を掘り始める。
「そうだね」とあたしも同じように木の破片でガリガリと穴を広げた。ある程度まで掘るとじわと海が浸み出してきた。これは海水なのだろうか。指をつけてなめると、しょっぱかった。

「でさ、なにを埋めるのよ」
磯部の言葉にあたしはハッとしてしまった。ふたりともカバンなんか持ってきていない。財布を開けたが、お金の他にはレシートしかなかった。

「どうしよ。なんにも考えてなかったわ」
「お金入れるのもねぇ」
「うわ〜、せっかく下田の誕生日なのに。ごめんね。思いつきで……うわ〜ほんとごめん」

磯部が「ちょっとわたし指つめて埋めるわ」などと言い出したので、あたしは慌てて「じゃあ髪の毛を埋めようよ。一本ずつ」と提案した。磯部はべひゃべひゃと笑いながら「なにそれ超ウケる」と言い、前髪を一本抜いて穴に入れた。あたしも同じように入れる。素手で土をかぶせると、なんだかとってもいけないことをしたような気になった。

夕焼けはだんだんと落ちていく。あたりは暗くなってゆく。「ねえ、いつからが昼で、いつからが夜なんだろう」。磯部は手についた砂を払いながら言った。あたしは腕を組んで考えたけど、とうとう分からなくて「いつまでがこどもで、いつからがおとななのかな」と訊き返してしまった。

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